ミルクの行き先—チーズ工房と搾乳体験で見えた、六甲山牧場の循環

牛のめぐみ 職人の想い 牛と人がつなぐミルクの現場 神戸市立六甲山牧場

前編では、牧場のしぼりたてミルクで作るフローズンヨーグルト作りをレポートしました。

🌐前編:自宅でもできそう!マイナス20℃の魔法? 六甲山牧場でフローズンヨーグルト作り

実は神戸市立六甲山(ろっこうさん)牧場(以下、六甲山牧場)は、以前記事でご紹介したチーズ専門店『和酪まつな』も太鼓判を押す本格チーズの工房を併設しています。

🌐【前編】チーズのにおいと味、実はこういうことだった!ーミルクと時間と季節と人と【京都 和酪まつな】

後編では、チーズ職人さんに工房を案内してもらいました

しぼりたてミルクが、いったいどう姿を変えていくのか

ワクワクしながら、ついていきました。

熟成中のカマンベールチーズ(写真:筆者)
熟成中のカマンベールチーズ(写真:筆者)

 「こんにちは!」とチーズ職人の花房享一郎さんが笑顔で迎えてくれました。

六甲山牧場のチーズ職人、花房享一郎さん (写真:筆者)
六甲山牧場のチーズ職人、花房享一郎さん (写真:筆者)

工房では長靴に履き替え、消毒剤を踏んでから中へ。ひんやりと涼しい空間です。
毎日ここでチーズが生まれている—そう思うと、少し特別な場所に迷い込んだ気分になりました。

六甲山牧場のチーズ職人は花房さんと、製造責任者の池田陽一さんのおふたり。

取材当日、池田さんはご不在でしたが、事前インタビューにお答えいただいたので織り交ぜながらご紹介します。

3種類のチーズが、ここで生まれる

製造途中のカマンベールチーズ(写真:筆者)
製造途中のカマンベールチーズ(写真:筆者)

工房で作られているのは3種類のチーズです。

白カビのカマンベールタイプ「神戸チーズ」、6か月以上かけて育てる大型のハードチーズ「グラン」、そしてチーズ製造の副産物・ホエイ(乳清)を原料とする「リコッタ」。

すべて、牧場の自家製ミルクだけで作られています。

常に新鮮なミルクで製造できるのは、強みの一つだと思います」と池田さん。

六甲山牧場は乳牛の頭数が少ないぶん、一頭一頭に目が届きやすいのが特徴です。

牛が自由に過ごせて、夏でも涼しい六甲山の気候も味方します。そういった条件が重なって、良質なミルクが生まれています。

カマンベールチーズができるまでの一週間

では、そのミルクがどうチーズになるのか。

カマンベールチーズの工程を花房さんが教えてくれました。

奥の小窓にあるパイプから生乳が送られてくる。(写真:筆者)
奥の小窓にあるパイプから生乳が送られてくる。(写真:筆者)

前日、しぼりたての生乳約500リットルが受乳室に届きます。

製造当日の朝、低温殺菌(65℃ 30分)したあと33℃まで冷却し、大きなステンレスの槽(チーズバット)へ。
乳酸菌と凝固剤を加えると、ミルクはゆっくり「カード(固形分)」と「ホエイ(液体)」に分かれていきます。
この時に白カビもチーズバットへ混ぜ込みます。これがチーズの始まりです。

モールド(型)にカード(固形物)を入れる。小さな穴からホエイ(液体)が出て絞られていく。(写真:筆者)
モールド(型)にカード(固形物)を入れる。
小さな穴からホエイ(液体)が出て絞られていく。
(写真:筆者)

カードをモールド(型)に詰め、1時間ごとにひっくり返して水分を均等に抜きます。     

1回の製造でできあがるのは、約450個分。

翌日カットすると、まだつるんとした白い塊で、カマンベールチーズらしさはどこにもありません。

4〜5日後、白カビが目に見えはじめます。
ここでやっと、あの見慣れた姿に近づいてきます。

10日目、ラッピングで酸素を遮断し、カビの成長をストップ。ここから熟成へと進みます。

製造過程で出るチーズの端材も、無駄にしません。チーズペースト、スプレッド、ソフトクリームミックスに加工されます。

捨てるところがない」—そんな言葉が印象的でした。

グランとリコッタの深い世界

ハードチーズ「グラン」の熟成中。色が濃いほど時間が経っている(写真:筆者)
ハードチーズ「グラン」の熟成中。色が濃いほど時間が経っている(写真:筆者)

長期熟成のハードチーズ「グラン」は、生乳300kgを使用し、できるのはたった30kg。

10分の1以下の重さになるまで、水分がぎゅっと絞り出されていきます。
見た目からもずっしりと重く、その硬さのなかに、膨大なミルクが凝縮されているのだと実感します。

時間をかけて水分が抜けるほどに、旨味と風味が閉じ込められていく—目には見えませんが、そんなイメージを持ちました。

ハードチーズを作る時の型(写真:筆者)
ハードチーズを作る時の型(写真:筆者)

完成までにかかるのは、6か月。
その間、3日磨いて1日乾燥、それをひたすらくり返します。しかも白カビが飛び交うカマンベールチーズの部屋に、カビを付けたくないグランを同居させながら管理するという、なかなかスリリングな環境だそうです。

日々の観察を怠るとそれはチーズに現れます」と花房さんは言います。
答え合わせは、6か月後。緊張と楽しみの毎日です。

ほんのりミルクの香りが残るリコッタチーズ(写真:筆者)
ほんのりミルクの香りが残るリコッタチーズ(写真:筆者)

「リコッタ」は、カマンベールチーズを作ったときに出たホエイから生まれる副産物チーズです。
前回製造したホエイを少し混ぜるのがコツだそう。これはpHの調整のためだと、花房さんは教えてくれました。

発酵の世界の奥深さを感じます。

ホエイの貯蔵瓶(写真:著者)

現在、神戸ワインで洗うチーズを試験中だそうです。地元の食材と掛け合わせた、新しい挑戦です。

チーズを「育てる」という感覚

チーズ作りで難しいのはどこか、と聞くと、池田さんはこう答えてくれました。

発酵や熟成は目に見えない変化が多いので、数値だけでなく香りや手触りも含めて判断しなければなりません。今日の作業の答え合わせが、何か月も先になります

それでも、やりがいは大きいといいます。

手をかけた分だけの時間が味に変わっていく。チーズを作るというよりは、育てるという感覚です

目には見えない微生物が時間をかけて仕上げてくれる感覚だとも教えてくれました。

20年続けてきてもまだ日々勉強で、だからこそ面白さがある」—その言葉から、チーズって奥深いものなのだと改めて実感しました。

この工房を担うのは、池田さんと花房さんたった2人。
少数精鋭だからこそ、一つひとつのチーズに向き合える。

職人の世界が、ここにありました。

準グランプリ受賞——「まさか」の快挙!

「第15回 ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテスト」で準グランプリを受賞の賞状(写真:筆者)
「第15回 ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテスト」で
準グランプリを受賞の賞状
(写真:筆者)

この工房を一躍有名にしたのは、ハードチーズ「グラン」が「第15回 ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテスト」で準グランプリを受賞したことです。

全く予想もしていなかったので、まさかという気持ちでした」と池田さん。

正直まだまだ発展途上のチーズだと思っていたそうですが、受賞は素直に嬉しく、今後の大きな励みになったといいます。

評価されたのはミルクの質だけではありません。

半年以上に及ぶ、日々の丁寧な熟成管理の積み重ね。
その地道な作業が、全体のバランスや風味の余韻となって審査員に伝わったのかもしれない—と池田さんは振り返ります。

毎日コツコツと向き合ってきた時間が、形になった瞬間でした。

受賞したハードチーズ「グラン」(写真:筆者)
受賞したハードチーズ「グラン」(写真:筆者)

チーズを圧搾(あっさく)するのに、水を入れたバケツをいくつも重ねて代用したこともあるそうです。
専用の機材がなければ、あるもので工夫する。
試行錯誤の連続のなかから、受賞チーズは生まれました。

今ある環境でどのように造るか—それがすべてです

その言葉が、とても印象的でした。

ところで、これらのチーズのもとになるミルクは、いったいどこから来るのでしょう。

工房を出て、毎日ミルクを届けてくれる牛たちのいる牧場へ向かいました。

「頑張って立ってくれてる」—搾乳体験

乳牛の搾乳体験(写真:筆者)
乳牛の搾乳体験(写真:筆者)

「あったかい!」「出た!」

搾乳(さくにゅう)体験をした人が、ほぼ必ず言うそうです。

牛の乳しぼりを体験したことがあるでしょうか。
長い乳首を親指と人差し指で挟み、下へ押し出すようにしぼり出すのがコツ。

言葉で聞くと簡単そうですが、ピューっと出すのはなかなか難しい。

カップルは2人でワイワイ笑い合いながら、子連れは子どもが大はしゃぎしながら挑戦しています。

おそるおそる始めた人が、終わるころには「もう1回やりたい!」と言いだすのも納得です。
牛のあたたかさが手に伝わって、本物のミルクがじわっと出てくるあの瞬間は、きっと忘れられない体験になりますね。

搾乳体験(写真:筆者)
搾乳体験(写真:筆者)

搾乳に立ってくれたのは、人慣れした3歳の牛でした。

本来、牛は横になってゆっくりしてる生き物なんですよ

スタッフが教えてくれました。
つまり、立ちっぱなしでの搾乳は、牛にとってちょっとした頑張りどころ。

そう聞いてから見ると、どっしりと立つ牛の姿が、なんだかいじらしく見えてきます。
ありがとう、と思わず心のなかでつぶやいてしまいました。

搾乳、コツがつかめてきました(写真:筆者)
搾乳、コツがつかめてきました(写真:筆者)

牧場の朝は早く、毎朝6時〜6時半からスタートします。
牛たちにご飯をあげて、搾乳して、またご褒美のご飯。

搾乳が終わると、牛たちは再びのびのびと外へ。

あとはゆっくりしてきてね、という感じです」とスタッフは笑います。

このミルクが、あの工房でチーズやアイスクリームへと姿を変えていきます。

朝6時、牛との一日がはじまる

干し草の餌やり体験、手前:筆者の友人、奥:六甲山牧場のスタッフさん(写真:筆者)
干し草の餌やり体験
手前:筆者の友人、奥:六甲山牧場のスタッフさん
(写真:筆者)

次は、牛の餌やり体験をしました。

健康チェックは「もぐもぐしてるかどうか」で見るそうです。

牛には胃が4つあり、食べたものを戻してはまた飲み込む「反芻(はんすう)」をくり返しています。その口の動きが止まっていたら体調不良のサイン。

毎日のこまやかな観察が、牛の健康を守っています。

ちなみに、スタッフは300kgを超える発情期のメス牛に乗られたこともあるとか。

本能のままに来られると、かわいい牛でもさすがにドンと強めに押し返さないとあかんと思いました

スタッフは苦笑いします。たくましい牛たちと向き合う、リアルな日常です。

特別なことじゃなく、通常作業を丁寧に丁寧にする。それが牛にもいいし、僕たちにもいい

牛と向き合う人の言葉はあたたかでした。

牛の世話、搾乳、チーズ製造——ぜんぶつながっている

気持ちいいくらい食べてくれる牛たち(写真:筆者)
気持ちいいくらい食べてくれる牛たち(写真:筆者)

牛の世話をして、搾乳して、チーズを作る。六甲山牧場では、その全部がひとつなぎで動いています。

池田さんはこんなこともおっしゃっていました。

六甲山牧場のチーズをきっかけに、国産チーズの面白さや奥深さに関心を持っていただけたら嬉しい。特別なものというより、また食べたいと思ってもらえるような、自然に親しまれるチーズを目指していきたい

新鮮なミルクが飲めるカフェ(写真:筆者)
新鮮なミルクが飲めるカフェ(写真:筆者)

スーパーの棚でなんとなく手に取る牛乳やチーズの向こう側に、こんな朝があり、こんな積み重ねがある。

そのことを知ってから食べると、普段口にする味が、さらに深く感じる気がします。


六甲山牧場の搾乳体験・チーズ工房見学は要予約。

公式サイト(rokkosan.jp)からアクセス方法や体験メニューをご確認ください。

【取材協力】神戸市立六甲山牧場
  所在地: 〒657-0101 兵庫県神戸市灘区六甲山町中一里山1−1
  電話番号:078-891-0280   
  HP:https://rokkosan.jp/

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