【後編】ミルクをしぼる役割を終えた牛を、食卓へ-「塊肉」を届ける酪農家の挑戦

ミルクをしぼる役割を終えた牛「経産牛」のお肉は、実はおいしい-。

前回、佐賀県嬉野市(うれしのし)の酪農家・中島大貴さんに、そう教えてもらいました。

🌐【中編】ミルクをしぼる役割を終えた牛は、どこへ?酪農家に教わる「経産牛」のこと

では中島さんは、このお肉をどうやって私たちの食卓へ届けようとしているのでしょうか。

今回は、その挑戦のお話です。

中島さんが取り組んでいる経産牛の塊肉(写真:中島さん提供)
中島さんが取り組んでいる経産牛の塊肉
(写真:中島さん提供)

長く生きた牛のお肉に、新しい価値を

食肉用として育てられる牛(肥育牛)は、一般的には生まれてから8~10か月の頃に肥育農家に引き取られ、肥育されて20か月程度で出荷されます。
さらに肥育の日数を延ばして育てる事例もあり、こうした牛は「長期肥育牛」などと呼ばれることがあります。

ところが酪農の経産牛は、50か月(約4歳)から100か月(約8歳)生きていることが珍しくありません。

ミルクをしぼるための牛だから、「長く牧場に在籍してもらうほうがいい」と中島さんは言います。

肥育とは、そもそも牛を飼う目的がちがうんです。
どちらが良い悪いではなく、「構造」のちがいなのだと教えてくれました。

「酪農として牛さんに活躍してもらってる。お肉を育てようと思ったわけじゃないけど、結果として育ってる」

この、酪農の仕組みだからこそ生まれる、長く生きた牛のお肉の価値をどう表現し、届けていくか。中島さんは試行錯誤を続けています。


ところで経産牛のお肉って、どんなお肉なのでしょうか。

「等級でいえば、霜降りの和牛がA5なのに対して、うちの経産牛はC1でした」

お肉の広告などで見かける「A5」などの表記。
これはお肉の等級と呼ばれるもので、簡単に言うと、取れるお肉の割合と、サシなどの肉質で決まります。

「C1という等級だけで見ると、脂がなくパサパサの肉だと思われるかもしれないけど、ぜんぜん違う」

中島さんは続けます。

「経産牛を食べ慣れると、和牛はフルーツのように感じます。こんなお肉を作る人間ってすごいなと。種なしで皮も薄くて、とろけて、華やかなフルーツ。和牛もそれに近いなと。経産牛のお肉は、もっと野生的というか、もっと素に近い。年齢を重ねているのでお肉の繊維はしっかりしてるんですけど、硬くない。しっかりと素材の旨味を感じられる赤味肉って感じですね」

正面から見ると、和牛は「四角」、酪農の牛は「三角」のイメージ。
体つきからして、ちがうと教えてくれる中島さん。

酪農の牛は、正面から見ると「三角」のイメージ。

塊のまま、届ける

中島さんのトライアルが面白いのは、この経産牛を「塊肉」のまま届けようとしているところです。

お肉は細かく部位に分けるほど、手間がかかって値段が上がっていきます。

その流れを知る中島さんは、逆を行きます。
大きな塊のまま、部位を横断するように切り分け、重さをそろえて、価格を抑える。
しかも、お肉の振り分けは、AIを使ってパズルのように行い、食品ロスを抑えています。

加工場の工数が減り、酪農家に還元するお金も、その仕組みのなかに織り込まれています。

自社でトライアルしながら先々で、ほかの酪農家とも連携できる仕組みを模索しているんです。

塊肉を受け取った人は、自分でお肉をさばくことになります。
実はこの経験そのものに、中島さんは意味を見いだしています。

「ナイフを入れて、調理法を考えて、試行錯誤する。それがハマったときのおいしさは、たまらないんですよ。それってサバイバル能力であり、本能的な喜びだなと。それをみなさんにも体験してほしいなと。」

部位を横断してカットされたお肉には、筋肉と筋肉のあいだに膜があって、筋があって、血管が通っています。
生きものの構造が、ありありと見えてきます。

ふだん、部位ごとに切りわけられ、小さくなったお肉しか目にしない私たちが、すっかり忘れてしまった感覚です。

中島さんが取り組んでいる経産牛の塊肉
中島さんが取り組んでいる経産牛の塊肉
(写真:中島さん提供)
中島さんが取り組んでいる経産牛の塊肉
中島さんが取り組んでいる経産牛の塊肉
(写真:中島さん提供)

一方で、中島さんは市場を冷静に捉えてもいます。

「日本ではやっぱり小分けで賞味期限が長くて、扱いやすいものじゃないと難しいと思いますね」

それでも、試してみたい理由がありました。

まだ誰もやっていない方法で、生産者も消費者も納得できる流通のかたちを探る。
「経産牛」という新しい価値を届けるための、これは実験なのです。

まずは、買ってもらって、食べてもらう。その突破口として、中島さんはこの形を選びました。

実は、この塊肉の売り方には、お肉の業界からの「ざわつき」も感じているそうです。
部位ごとに切り分けるのが精肉の技術であり、業界の当たり前。
そのなかで、部位を横断してカットするなんて……という空気を中島さんは感じています。

でも、そのざわつきを、ひとつのバロメーターとして捉えているんです。
日本で初めて、ホエイからブラウンチーズを製品として作ったときも、同じようなざわつきを感じていました。
そして今では、コンテストにブラウンチーズの部門ができるほど広がっています。
ざわつきは、新しい価値を切り開いている証拠なのだと、中島さんは知っているのです。

ぜんぶ、つながっている

経産牛の取り組みを始めて、中島さん自身は何か変わったのでしょうか。

「酪農への向き合い方自体は変わらないですね。生まれたら死んでいく。死ぬこととお肉になることはイコールであり、これまでもやっていたので。ただ、それまでは自分が介在してはいなかった。そこに介在するようになった」

いま中島さんは、経産牛のお肉をさらにおいしくする熟成肉の研究を始めています。やってみると、意外なところで経験が生きるそうです。

「どううまく熟成させるかって、なんとなく発酵みたいな感じなのは、感覚で分かるんですよ。だから、そう、面白いのは、ここでチーズの知識が役に立つかもしれない」

ひらめいたように、中島さんは続けます。

「酪農の堆肥作りをするとチーズのことが分かってきて、チーズのことが分かってきたらパン作りが始まって。今度、死に向き合って、経産牛のお肉をってなったら、熟成肉がまた始まろうとしてる」

堆肥もチーズも、パンも熟成肉も、ひとつを深く掘り下げると、その知識を生かした次の可能性が見えてきます。

酪農は、循環の起点。ぜんぶ、つながっているのです。

牛を知る、ということ

酪農とお肉。これまで私の頭の中では、つながっていませんでした。

でも、知らなかっただけ。
これまでも、ミルクをしぼる役割を終えた牛さんのお肉を、きっとたくさん食べてきたんだと思います。

自分たちが食べているものは、どこから来るのか。
それを知ることで、感謝が生まれます。

今日も、「いただきます」と手をあわせよう。


🌐ナカシマファーム 佐賀県嬉野市塩田町大字真崎1488

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