放牧と自由への憧れ 夢を追いかける若きチーズ職人の物語

自分のフィールドを探す理由 夢を追いかけるチーズ職人・前編 愛知県豊田氏チーズ工房ファーベル

愛知県豊田市でチーズ工房「Faber(ファーベル)」が2024年にオープンしました。

代表を務めるのは30代の若きチーズ職人、安田翔吾さんです。

北海道大学で酪農を学び、国内外で修行し、栃木県のチーズ工房で工房長を務めたのち、出身地みよし市の隣の豊田市で店舗を構えました。

小さな工房が生き残るための戦略と、安田さんのこれまでの歩みを聞きました。

日本でおそらく3軒しかつくっていないチーズ

「うちではカマンベールなどの白カビ系のチーズはつくりません」とはっきり語るファーベルの代表、安田さん。

かわりに、「日本では(おそらく)3軒しかつくっていない」というチーズ「ストラッキーノ」を製造しています。

ストラッキーノは、ヨーグルトのような酸味や風味がありながら、わらびもちのような食感が特徴のイタリア生まれのチーズ。

生ハムとルッコラを合わせたり、マーマレードと一緒にクラッカーに乗せて食べるのもおすすめだそう。

購入したストラッキーノをサラダに。もちもち食感と濃厚な味が絶品!
購入したストラッキーノをサラダに。もちもち食感と濃厚な味が絶品!

安田さん:
「今、日本全国でチーズ工房は増えているので、新参者からあえて買おうという業者は少ないでしょう。だから、他より目立つために、ストラッキーノを製造しています」

安田さんの狙い通り、日本では珍しいチーズなので、これだけを取り引きする業者もあるのだとか。

2026年4月現在、ファーベルで製造しているのは、フレッシュタイプが5種類、セミハードタイプが1種類。

試作中のブルーチーズがもうじき完成予定で、この7種類で目標としていたラインナップが揃います。

熟成庫に並ぶセミハードタイプのチーズ。こちらはつくったばかりのもの
熟成庫に並ぶセミハードタイプのチーズ。こちらはつくったばかりのもの
6か月熟成させると奥深い黄色に変わる
6か月熟成させると奥深い黄色に変わる

ハードチーズやブルーチーズは熟成期間が長く、比較的手をかける工程のタイミングが限られるため、現在の規模に合っているといいます。

安田さんは、小さなチーズ工房が生き残るための戦略を持って、ファーベルを運営しているのです。

こだわりのミルクとデータ分析

安田さんはミルクにもこだわり、品質に納得した近隣のみよし市にある放牧に近い環境で飼育する牧場から仕入れています。

約20頭の牛を広場に放し、なるべくストレスを与えない環境で大切に飼育しています。

エサには生の草を与えているため、放牧の牛と同じような草の香りや色があり、チーズに向いたミルクが出るそうです。

安田さんは、温度やpH(水素イオン指数)などの数字を毎日記録し、仕入れたミルクでおいしいチーズをつくるために科学的に分析しながら製造しています。

設備について説明する安田さん
設備について説明する安田さん

「自分で仕事がしたい」と思い始めた中学時代

チーズ職人としてだけではなく、経営者としても才能を発揮している安田さんですが、元々は「特にチーズ好きというわけではなかった」といいます。

さかのぼって、安田さんが中学生の頃のこと。

学級委員や生徒会長などを務め、先生からお願いごとをされるような優等生タイプでした。

しかし、志望する高校の推薦を受けられなかったことが、安田さんに大きな影響を与えます。

安田さん:
「部活や生徒会をがんばっていたのに、推薦がもらえなかったことがショックでした。
一方で、素行に問題があるように見えた生徒でも推薦をもらえたのを見て、人からの評価との向き合い方を見つめ直すようになりました」

この頃から、「組織の評価で仕事をするより自分で仕事がしたい」と漠然(ばくぜん)と思うようになった安田さん。

ちょうど同じ頃、テレビのドキュメンタリー番組で放牧の風景を見て、自分のフィールドで仕事をしている酪農家に憧れを抱くようになります。

豊かな自然の風景の中で牛を放す酪農家の姿が、安田さんの「自由への憧れ」のイメージと重なったのです。

イタリアで見つけた夢

安田さんは高校進学後、北海道大学農学部に入学し、酪農の勉強を始めました。

大学での学びと並行して北海道中の酪農家を訪ねて学ぶなか、安田さんが憧れていた放牧酪農を営んでいる牧場は、日本ではかなり少ないことがわかりました。

現実に驚いたものの、視野を広げて日本全国の牧場をめぐり続けたそうです。

大学3年生のときには、1年休学してイタリアの牧場で研修を受けました。

その牧場ではわずか10頭の牛を飼い、夏は山で放牧し、しぼったミルクをチーズにして販売することで家族の生計を立てていました。

その様子を見て、安田さんは「自分がこの規模の放牧酪農をやるなら、自分でミルクを加工して販売まで手がける必要がある」と気づきます。

ミルクを出荷するだけでは、安田さんが思い描く経営のかたちと採算を両立させるのは難しいと感じたからです。

イタリアの牧場を訪れたことで、「小規模の放牧で6次産業化」という目標ができました。

※6次産業化……第1次産業を営む生産者が、商品をつくって販売までを行うこと。

店舗のチーズが見える小窓は、チーズをディスプレイするイタリアの店からヒントを得ている
店舗のチーズが見える小窓は、チーズをディスプレイするイタリアの店からヒントを得ている

中間まとめ

中学生時代に、評価のあり方について考えるようになったこと。
放牧の風景に重ねた、自分のフィールドで働くという憧れ。
安田さんは、国内外の牧場を訪ね、イタリアでの経験を通じて、「小規模の放牧を営んでいくには、どうすればいいのか」という問いに向き合ってきました。
そしてたどり着いたのが、ミルクを加工し、自らの手で価値を届けるという選択でした。

しかし、理想のかたちは見えても、実際に事業として立ち上げる道のりは決して平坦ではありませんでした。

後編では、安田さんが直面した挫折や想定外のトラブル、そして創業を通して学んだ現実と覚悟にせまります。


【取材協力】
「Faber(ファーベル)」 🌐https://www.faber-cheese.com/    
〒471-0061 愛知県豊田市若草町三丁目26-2 

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協力ライター紹介:山口 ちゆき さん