「自分の人生は自分で選ぶ」 若きチーズ職人が乗り越えた創業リアル奮闘記
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愛知県豊田市でチーズ工房「Faber(ファーベル)」を営む、30代の若きチーズ職人、安田翔吾さん。
前編では、中学時代に将来を考え始めた安田さんが、テレビで見た放牧酪農の風景にひかれ、大学で農学部に進み、海外でも経験を積んでいく様子を紹介しました。
イタリアで見た小規模酪農にヒントを得て、「酪農から商品化まですべてを行うこと」が目標になります。
前編 🌐中学生時代の挫折から芽生えた、放牧と自由への憧れ 夢を追いかける若きチーズ職人の物語
後編では、安田さんがチーズ職人になろうと思ったきっかけや葛藤、チーズ工房を開くまでの苦労や夢を紹介します。

休学中のスイスでの経験
イタリアで見た山間地域での放牧酪農とチーズづくりに感動した安田さん。
しかし、次に向かったスイスで思わぬ苦労が待ち受けていました。
スイスでは農家を紹介してくれるプログラムを利用しましたが、派遣されたのは牛40頭、豚100頭、リンゴの木が100本ある牧場で、2人だけで管理していました。
さらに、機械化が進んでおらず、安田さんはあまりの重労働に腕を壊してしまい、帰国せざるを得なくなります。
安田さんは自分で牧場を選べなかったことも影響しているのではないかと振り返り、この経験を通して、進路や将来について主体的に考えることの大切さを実感したといいます。
帰国し、両腕の治療後、再び全国の牧場を回り始め、休学期間の最後の4か月は北海道のチーズ工房に住み込みで研修を受けることにしました。
これまでに、牛乳やヨーグルト、バターなど、さまざまな乳製品づくりを経験してきた安田さん。そのなかでもチーズづくりは、工程の一つひとつに人の判断が色濃く反映され、つくり手による違いを特に強く感じられる点がおもしろいと感じていました。
同じレシピであっても、手のかけ方やタイミングによって味わいが変わる。その奥深さが、安田さんをチーズづくりへと惹きつけたのです。

その後、休学中に訪ねた栃木県にある「チーズ工房那須の森」から声がかかり、就職。1年後には工房長になりました。
安田さんは、データを取って数字で管理するようにし、ネット通販の体制も整えました。
さらに、国内のチーズコンテストで何度も受賞し、安田さんが勤めた3年間で売上は約2倍に。
「銀行のハンコ押しと経理以外はすべてやった」という安田さん。
チーズ製造の技術だけではなく経営手腕も身につけ、3年で退職し、独立に向けて走り出します。
安田さん:
「経験を積んで、賞も取って、業界の方々との関係性も築いて、名前も知られるようになっていました。
だから、創業に関しては、結構自信を持っていたんです」
ところが、そううまくはいきませんでした。
開業2か月前にミルク仕入れが途絶える
約1年半、創業に向けて準備を進め、オープン日を2024年11月に決めた安田さん。
しかし直前の9月に、ミルクを仕入れる予定だった酪農家さんから、急遽仕入れられなくなりました。
チーズづくりに欠かせない原料の調達が途絶えてしまったうえ、店舗の設計でも問題が発生し、開店を1か月遅らせることにしました。
安田さん:
「私は1を10にするのは得意だけど、0を1にするのはあまり得意ではないんです。
独立するためには場所が決まらないとお金は借りられないし、お金を借りないと工事の予定が組めないし……と、どこから手をつけていいのかわからず、本当に大変でしたね」
10月になって、地域の方々の協力により、「新鮮なミルクをぜひチーズに使ってほしい」と言ってくれる酪農家を紹介してもらい、なんとかオープンにこぎつけました。

豊田の山で放牧を
安田さんが北海道でも栃木でもなく、豊田で開業することを選んだのは理由があります。
1つ目は、自分の地元であり、人口の多い名古屋が近くにあること。
2つ目は、豊田市は市域の約7割を山間部が占めており、山が多いという点で、日本全体の地形構成とよく似ていたことです。
安田さんは将来的に、豊田の山間部で放牧酪農を行い、そこでしぼったミルクでチーズをつくることを思い描いています。
安田さん:
「まずはここでチーズ工房を続けて、地域との関係性も深めていき、10年後くらいに放牧酪農ができたらいいなと思っています。
地域の人とも連携して、敷地内にレストランができたらおもしろいですよね」

チーズは、「カマンベール」のように土地の名前がつけられることが多いそう。
豊田が位置する三河地方は、味噌や醤油など発酵文化が根付いている地域。
安田さんは西洋の発酵文化であるチーズもこの地に広がることを願って、2026年2月から販売開始したセミハードタイプのチーズに「MIKAWA-三河-」と名付けました。

中学生の頃に憧れた放牧酪農を目指して、安田さんはこれからも挑戦を続けていきます。
安田さんが追いかける存在の2人
安田さんが目標とする「山間部での放牧酪農」をすでに実現している先輩の2人をご紹介します。
【ペアツリーファーム 林直秀さん】
安田さんが岩手の牧場で研修をしていた際に出会った林さんは、標高1,000メートルの長野県平谷村で山地酪農とカフェを運営しています。
山間部で酪農を行い、とれたミルクでソフトクリームやカフェラテなどの商品を製造、販売しています。
ペアツリーファーム
長野県下伊那郡平谷村302-1
🌐公式サイト:https://pairtreefarm.jp/
【ハッピーマウンテン 幸山明良さん】
幸山さんは乳製品の加工はされていませんが、酪農と林業、田舎での生活を掛け合わせたイベントなどを開催し、牛と森の価値を高め、伝える活動を行っています。
ペアツリーファームと距離が近く、林さんと一緒に活動をされることもあるのだとか。
ハッピーマウンテン
長野県下伊那郡根羽村5070-1
🌐公式サイト:https://happymountain.studio.site/
まとめ
中学生時代や海外の牧場での研修を通して、「自分の人生は自分で選びたい」という想いが芽生えてきた安田さん。
イタリアで見た放牧酪農に憧れ、「放牧酪農で商品化まですべて行う」という目標に向かって努力を重ねてきました。
国内外の牧場での研修やチーズ工房で工房長を務めるなど、知識と経験を積み重ねましたが、創業には想定外のトラブルや壁が立ちはだかりました。
周りの人にも支えられながら、1つずつ乗り越え、ファーベルをオープン。
比較的手間の少ないチーズや珍しいチーズをつくるなど、安田さんなりの戦略で少しずつファンを増やしています。
「10年後に放牧酪農」を目指して、安田さんはこれからも努力を重ねていくことでしょう。
【取材協力】
「Faber(ファーベル)」 🌐https://www.faber-cheese.com/
〒471-0061 愛知県豊田市若草町三丁目26-2
【記事中に掲載したチーズ工房】
「チーズ工房 那須の森」 🌐https://nasunomori.jp/
〒325-0114 栃木県那須塩原市戸田738-4




