【日本ミルク史入門 vol.1】日本でミルクが食べられたのは、いつから?【古代~江戸時代】

日本ミルク史入門vol.1 日本ではいつからミルクを食べていたのか 古代~江戸時代編
日本ではいつからミルクを食べてきた?(古代~室町時代)

はーい、こんにちは~🐮🥛自称「酪農リスペクター」のミルカウ姐です!

みなさん、牛さんからいただくミルク=牛乳、飲んでますかー?

スーパーマーケットには、たくさんの牛乳がズラリと並んでいます。
牛乳は普段飲まないよ~という人でも、カフェのラテやミルクティー、シチューやプリンに使われていると考えると、気付かないけど口にしているんだな~と思いませんか?

色々なシーンでわたしたちを楽しませてくれている牛乳。
みなさんは、日本ではいつから食されるようになったか、知っていますか?

日本の歴史を記録で追っていくと、牛乳は7世紀に登場したあと姿を消し、江戸時代になって再び出現します。

なんだか複雑な歴史を持っていそう・・・そんな感じだったのか、牛乳。

ということで、今回から新シリーズ!
私たちの暮らしにつながる「日本のミルクの歩み」シリーズの開始です。

vol.1は、「牛乳は、なぜ一度姿を消したのか⁉ 江戸時代に復活した、その背景とは⁉」の巻。

今回のシリーズでは、40年以上日本の酪農乳業に関わり、2025年11月には著作「日本酪農産業史」を世に送り出した前田さんに、ミルカウ姐が直撃取材!
前田さんの最新の見解も織り交ぜながら、私たちの暮らしにつながる「ミルクの歩み」を、わかりやすく解説します!


【前田 浩文さんプロフィール】

1955年宮崎県生まれ。
宮崎大学農学部卒業後、社団法人中央酪農会議、一般社団法人Jミルクなどに在籍し、約40年間に渡り酪農乳業界に貢献。元一般社団法人Jミルク専務理事。
現在は、ミルクを楽しみ愛する人たちが集まり、人とミルクの関係史とその中で培われてきた多様な価値を考究、ミルクの新たな価値の創造と日本における乳文化の発展を目指す「ミルク一万年の会」代表世話人であり、「乳の学術連合・乳の社会文化ネットワーク」幹事、「日本酪農乳業史研究会」常務理事などを務める。


  1. 古代の日本、ミルクは限られた人のものだった?
  2. 将軍のもとで行われた「チャレンジ」が復活のきっかけ
  3. 歴史を振り返る意味って、なんだろう
  4. 次回予告
  5. 【お知らせ】6月は「牛乳月間」! 1日限りの南房総ミルクツーリズム
 

古代の日本、ミルクは限られた人のものだった?

世界全体としてみると、ミルクが人間の食べものとされ始めたのは、約9千年前と言われています。かなり大昔!
それから約7千年以上経った頃に、日本にやっとミルクがやってきたらしい。

前田さん 「日本でミルクが口にされた記録は、7世紀頃のものです。」

7世紀というと、今から約1,400年くらい前、古代と呼ばれるころ。
大化の改新の頃に「牛乳が天皇に献上された」と記録があるそうです。
そしてその後、西暦700年頃から「蘇(そ)」と呼ばれる乳製品を天皇の献上品として指定したらしい。

参考:「第84回 日本における乳文化の導入とその後の変遷史」 一般社団法人日本乳業協会主催「牛乳・乳製品から食と健康を考える会 細野 明義氏講演(2015年) 

蘇(イメージ)
蘇(そ) ※イメージ

「蘇(そ)」は、“ミルクを煮詰めて水分をなくしたもの”。
とても貴重で、口にできたひとはごくわずかだったと想像されています。

参考:農林水産省 新事業・食品産業 食文化のポータルサイト にっぽん伝統食図鑑 奈良県 蘇(そ) 

西暦700年頃から天皇に献上され続けたというこの制度、結果的には・・

前田さん「室町時代には、その乳食文化は、ほぼ途切れてしまいます」

えー⁉ なぜ~~?

どうやら当時の人々の、牛との関係があるとか。

前田さん「農民にとって牛や馬は、物資の運搬や田畑を耕すための貴重で大切な労働力でした。子牛を育てる母牛のミルクを、人間が“横取りする”という発想は、なかなか生まれなかったのだと思います」

日本ではいつからミルクを食べてきた?古代~室町時代
日本ではいつからミルクを食べてきた?(古代~室町時代)

日本では長い間、牛は「ともに働く存在」であって、「ミルクをもらう存在」ではなかった、と。

農民的には、「子牛を育てるために必要なミルクを人が食べちゃうとか、おえらいさんたちは、また何てことしてんだ・・・😞」的な?(ミルカウ姐の想像です)

 

将軍のもとで行われた「チャレンジ」が復活のきっかけ 

室町時代に姿を消したミルクが、再び歴史の記録に現れるのは、江戸時代。

日本ではいつからミルクを食べてきた?江戸時代
日本ではいつからミルクを食べてきた?(江戸時代)

八代将軍・徳川吉宗は、1700年代後半に、現在の南房総市にあたる嶺岡(みねおか)にある牧場の「嶺岡牧(みねおかまき)」でインド原産の「白牛(はくぎゅう)」を飼うようになります。

「嶺岡牧」はもともと、江戸幕府の軍事用の馬を飼っていたそう。

武士が馬に乗ってるイメージそういえば歴史ものの映画とかだと、武士が馬に乗ってますよね~。
 
そこで牛を飼いだした、と。

あれですかね、「世にもめずらしい白い牛を飼ってる拙者すごい」的な?「珍しい食べものを持ってまいれ!」的な?(いろいろとひどいミルカウ姐)

前田さん「“ミルクを食べることが復活した”というより、ヨーロッパから新しく入ってきた技術を試してみた、あるいは、高価な薬としてミルクを加工販売することで江戸幕府の苦しい財政を補おうとした、という印象が近いです」

白牛自体もめずらしいわけですが、白牛からしぼった貴重なミルクに、同じく当時とても貴重だった砂糖を加えて水分を抜いたものを「白牛酪(はくぎゅうらく)」と称して、栄養補給できる薬として利用をスタートさせたのだとか。
(ちなみに「酪」は発酵した乳のことらしいです。つまり、「白牛酪」はヨーグルトの水分を抜いたものと推察されます。)

参考:一般社団法人日本乳業協会「第84回 日本における乳文化の導入とその後の変遷史」 牛乳・乳製品から食と健康を考える会 平成27年11月9日

なるほど。
偉いひとの「ドヤ~」ではなく、幕府の経営難を救う策としてトライした、と。ミルカウ姐がうがった見方をしていただけでした。吉宗はとても偉大な方です、ハイ。

ただ、ここで急に酪農が社会に広まったわけではないようです。

ミルクの加工品は貴重で高価」。

日常的に多くの庶民が手に入るものではありませんでした

 

歴史を振り返る意味って、なんだろう 

前田さんは、特に次回以降で話す「近代の出来事」が、「今とどうつながっているか」を考えてみてほしいそう。

前田さん「近代は、今の私たちの暮らしと地続きです。歴史を見ると、牛乳がどうやって広がっていったのかが見えてきます。牛乳が広がる過程の課題にどう立ち向かい、失敗し、成功したのか、それを知ることができるのです」

歴史を知ることは、これからの酪農や牛乳の未来を考えるとき、とても役に立つということですね!

ミルカウ姐、学生時代、歴史は暗記が大変で全然興味が持てなかった科目なのですが、自称「酪農リスペクター」としては、未来に役に立つならば、しっかり知っておきたい!
がんばろう!

 

次回予告

江戸幕府のもとで行われた、ミルクを加工して販売する試み。
この試みは新たに出現した“ミルクを毎日飲みたい人”に出会い、新しい展開を迎えます!

そのお話しは次回「横浜に毎日ミルクを飲む人が突然出現⁉」の巻で!

お楽しみに!

それではみなさまご一緒に!

GoogLuckKnow(ぐっどらくのう~)!♬

 

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