お殿様の末えいが始めた「牛たちの幸せを考える牧場」で動物好きの26歳が働く理由
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広島県の神石高原町にある相馬牧場でキビキビと働くのは、杤木千秋(とちぎ ちあき)さん。休日のカフェめぐりが趣味だという26歳です。(2026年4月時点)
小さなころから動物が好きだったという千秋さんは、「自然放牧に惹かれて、この農場で働くことに決めました」と語ります。
その決断をするまでに、彼女はどのように動物たちと関わってきたのでしょうか。
相馬牧場でお話を聞いてきました!
動物好きの中学生が牛の瞳に恋をした
千秋さんは、広島市の出身。幼いころから家では猫や犬を飼っていました。
毎週末、広島県庄原市東城町にある祖父の実家へ、風を通しに家族と犬と一緒に出かけていたそうです。
「中学生のとき、東城で犬を散歩させていて、いつもと違う道を通ったんです。そこで初めて牛に出会いました。牛って、目がクリックリなんですよ!なんてかわいいんだろうと、夢中になりました。
その牛を育てていたのは祖父の知り合いの農家だったんです。『牛が好きか?餌やってみるか?』と手伝いにもならない手伝いをさせてくれました」
放牧地で太陽を浴びながらのんびりと過ごす牛たちに心を奪われた動物好きの千秋さんは、東城へ行くたびにその農家へ立ち寄るようになります。
「肉牛の繁殖農家という働き方があることを初めて知ったんです。おじいちゃんが呼ぶと、牛たちがみんな嬉しそうに寄ってくる様子に、すごく憧れました」
それまでも、将来は動物にかかわる仕事をしたいと考えていた千秋さんは、牛との出会いをきっかけに、西条農業高校畜産科へ進学しました。
高校では飼っていた馬や鶏、豚、肉牛と乳牛の世話を、ローテーションで一通り経験したそうです。
「1・2年生のときは当番で週に3日くらい、授業の前と放課後に1時間ほど、牧場の仕事をするんです。朝の作業に出るには、実家から始発の電車で行っても間に合わないので、寮生活をしていました。それから眠い目をこすりながら授業です。
そのうえ、授業でも『農業』っていう科目があって、そこでも作業するんですよ!高校のときはとにかく、めちゃくちゃ動いていた気がします」
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その後、畜産だけでなく農業全般を学ぼうと、吉備国際大学農学部地域創生農学科に進みます。
「キャンパスがあるのは農業の盛んな淡路島。女性だけで経営している肉牛の繁殖農家でアルバイトをしました。肉牛だけでなく、玉ねぎも米も栽培している農家さんで、いろいろなことを学びました」
卒業後は広島に戻り、肉牛を飼育する牧場に就職します。
「保育部門に配属されて、子牛を育てる仕事をしていました。でも、牛たちがのびのびと生活している牧場で働きたいと転職先を探していて、目に留まったのが、完全放牧の相馬牧場でした」
相馬牧場の背景
相馬牧場の牧場主は、相馬行胤(そうま みちたね)さん。実はこの方、現在の福島県相馬市を拠点とした旧相馬中村藩の第34代当主という、お殿様の末裔(まつえい。血筋を受け継ぐ子孫)なのです。

福島県相馬地方に千年以上伝わる祭りが「相馬野馬追(そうまのまおい)🔗」です。400騎の騎馬武者が並ぶ様子は、まるで戦国時代!総大将は、相馬家の当主が務めます。この祭りを受け継ぐ相馬地方の人々のそばには、常に馬がいるのです。
相馬行胤さんの父、和胤(かずたね)さんは、北海道で競走馬の牧場を営んでいました。その後、肉牛を育てる牧場も開きます。行胤さんは肉牛牧場を引き継ぎ、同時に相馬市ではシイタケ栽培も手掛けました。
2011年3月、東日本大震災にともなって福島第一原発の事故がおこります。行胤さんは当主として、避難対象地域となった相馬市を守ろうと精一杯働きました。しかし、あまりに大きな災害を前に、できることには限りがありました。
「でも、私が失ったのは仕事だけです。家族もいる。健康な体もある。まだできることはある。そう思いました。相馬藩の800年の歴史の中では、もっと苦しいこともありました。それでも乗り越えてきた藩ですから、この難題も乗り越えられるはずです」
さまざまな人との出会いを通じて、行胤さんは、西日本で耕作放棄地が増えていることを知りました。
そこで、2013年、行胤さんは過疎化が進む神石高原町に移住し、牧場を開く準備を始めます。
そして2014年、4頭の牛から相馬牧場がスタートしました。
完全放牧にする理由
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40頭ほどに増えた相馬牧場の牛たちは、自然の中で暮らしています。四季折々の草を食べ、放牧場を自由に歩き回っています。そのため、牛乳の味が季節によって変わるのが特徴です。
「牛舎の中で干し草を食べさせるほうが、生産性や効率性がいいことはわかっています。でも、もし、牛たちが話せるなら『この牧場で暮らせて本当に幸せ』と言ってほしい。牛たちにとっての幸せってなんだろうと考えながら、毎日向き合っているんです」
動物とともに過ごしてきた行胤さんにとって、牛たちのストレスが少ない飼い方を模索するのは、自然なことなのでしょう。

牛が自由に過ごせるこの牧場が好きだから
牛たちがのびのびしていることを感じられる今の仕事がとても楽しい、と千秋さんは言いました。
「将来取りたいのは、家畜人工授精師の資格です。今は、種付けを獣医さんにお願いしないといけないので、発情を確認してから獣医さんが到着するまで、ずっと牛をつないでおくんです。これは牛にとってストレスになります。でも、自分でできるようになれば、牛をすぐに放してあげられるでしょう?」

最後に、これから進路を考える学生たちにメッセージをくださいとお願いすると、千秋さんは言いました。
「牛たちは、まつ毛はバサバサ、目はクリクリで、すごくかわいいんです。一度、牛たちに会ってみてください。牧場の人たちは牛が大好きな人が多いので、『牛に興味があるんです』と伝えれば、牛の話をたくさん聞かせてくれると思います!」
【今回訪れた場所】
相馬牧場(広島県神石郡神石高原町時安5332-2)🌐Webサイト




