【三良坂フロマージュ物語・中編】広島の小さな町で作り始めたチーズが海外のコンテストで入賞!
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広島県三次市(みよしし)三良坂町(みらさかちょう)にある「三良坂フロマージュ」では、日本国内はもちろん、海外でも高い評価のチーズを作っています。
前編では、代表の松原正典さんが山地酪農をしようと思い立つまでをお伝えしました。
中編では、松原さんがチーズ作りを始めた理由や、牧場の様子などを紹介します。
手探りでチーズ作りを始める

オーストラリアの牧場研修から帰国した松原さんは、四国で山地(やまち)酪農を実践していた斎藤陽一さんを訪ねました。
山地酪農とは、木や草がある山を利用した放牧酪農です。
そこで斎藤さんに『山地酪農をするなら、林業の技術を身につけないといけないよ』と言われました。それで帰ってきてすぐ、林業の会社に勤めました
と松原さんは振り返ります。
その会社に勤めている間に出会いがあり、結婚。
2年で重機の扱いや木の伐採の仕方などを身につけて退職し、牧場を探し始めました。
松原さんは、安定した牧場経営のためには牛乳だけでなく加工した乳製品を販売することが重要だと考えていました。そこで目を付けたのが、当時広島県ではまだ誰も作っていなかったチーズです。
松原さんは貯金をはたいてチーズの本場であるフランスへ渡り、1か月ほどかけて4〜5軒の農家を見て回りました。
ヨーロッパでは、牛だけでなくヤギも飼っている小規模の農家が多いんです。こういうやり方ならできるんじゃないか、と感じました
2004年、松原さんは、喫茶店だった建物を借り、広島県で初めての「チーズ製造許可」を取得。夫婦でチーズ作りを始めます。
同時に家の裏で、子ヤギと子牛を飼い始めました。
でも、ちょっとフランスに行っただけでチーズが作れるわけがないんです。作ったところで売れるわけもない。お金はどんどん減っていきました
何とかして売らないといけないので、作ったチーズを持って工房を飛び出し、広島市内のレストランまで営業に行きました
『松原くん、これじゃだめだよ。こっちを食べてごらん。本当のフロマージュブランってのはこういうものだ』
『わかりました。じゃあ来週はもっと近づけてきます』
そんなやり取りをしながら、チーズを作っては持っていくことを何週間か繰り返すうちに、買ってもらえるようになりました。今の僕なら申し訳なくなるようなチーズだったんじゃないかと思うんですけど
やがて、有名レストランのシェフたちが松原さんのチーズを宣伝してくれるようになり、お客さんがポツポツと来るようになりました。
それでも工房の経営は、地面スレスレの低空飛行のような感じで。ああ、もう落っこちると思ったら少し売れる、でもまたすぐ落ちそうになる、そんな状態でした
ようやく低空飛行から抜け出せたのは、2005年の暮れのことでした。
「ALL JAPANナチュラルチーズコンテスト」(一般社団法人中央酪農会議主催で2年に1回開催される、国産ナチュラルチーズコンテスト)でベスト20に入り、優秀賞を獲得したのです。
地元の新聞に大きく取り上げられたことをきっかけに、雑誌やテレビの取材も入るようになり、少しずつお客が増えていきました。
ついに山地酪農をスタート

チーズ作りをしながらも牧場を探し続けていた松原さんは、三良坂町に理想的な山を見つけました。
この山の権利を持っていたのは10人の人たちでした。松原さんは2年ほどかけて、1人ずつ交渉していきました。
コンテストの入賞やメディアでの露出も、土地の権利を持つ人たちと銀行の信頼を得るのに役立ちました。
2006年、ついに松原さんは銀行からお金を借り、山を手に入れたのです。
チェーンソーで木を切り倒し、ネットオークションで買った中古の重機で地面をならして、建物を建てました。
現在、約15ヘクタールの広さの牧場には、牛が約20頭、ヤギが約60頭います。
そのうちミルクを出すのは、牛が6頭、ヤギが30頭。
そのほかに、15頭のヒツジと豚、鶏、アヒル、アイガモ30羽も暮らしています。

餌箱の中がお気に入りらしく、
出たり入ったりして楽しそう。
春から秋、牛やヤギは山を自由に動き回り、みずみずしい草や木の実などをたっぷりと食べて過ごします。牧草の種もまきますが、餌のメインは自然に生える草や木の葉です。
彼らのフンを微生物が分解し、その土で育った草をまた動物が食べるサイクルが、くるくると回ります。
冬の間を過ごすのは、山のふもとにある放牧場や畜舎の中。春夏に用意しておいた牧草サイレージ(牧草を発酵させた餌)を中心に、バランスよく餌を与えます。
穀物を与えれば乳量を高めることはできます。20世紀に入って化学肥料が普及すると穀物の生産量が大きく増加し、畜産でも穀物飼料の利用が広がりました。しかし、もともと草を食べるように作られている体で穀物を大量に食べるのは、負担だと思います
それに、輸入穀物を与えると、輸送に大きなエネルギーを使います。でも、牧場の近くに生えた草を与えれば、エネルギー消費はわずかで済むんです
山を歩き、草を食べる生活は、動物にとって無理のない姿だと松原さんは考えています。
チーズ作りは「図工」、牧場は「体育」

この日は果物入りや炭をまぶしたものなど
十数種類のチーズ、ヨーグルト、バターなどが並んでいました。
どれにしようか悩んでしまいます
現在、三良坂フロマージュでは季節に合わせた、さまざまなチーズを作っています。
海外のチーズ工房は1〜2種類しか作らない専門特化型ですが、日本では多品種を作って楽しませる『ケーキ屋』スタイルが多い印象です
実家の米屋では、年末に餅を作って売るのを手伝っていました。母は季節ごとにジャムや漬物なんかを作る人でした。両親に自然と鍛えてもらった味覚が、チーズ作りに生きているんだと思います
牧場の作業をしていると、おなかすいたな、こんなのが食べたいな、これとチーズを合わせたらどうかな、といくらでも新しいチーズのアイデアを思いつくんです。子どもの頃、図工と体育だけは成績が良かったんですけど、チーズが図工、牧場が体育の延長みたいな感じですね
チーズの本場で認められた意味

2013年6月、フランスで行われたコンテストには世界各国から数百のチーズが集まりました。そのコンテストで銀賞を受賞したのは、松原さんの「フロマージュ・ド・みらさか」です。
うれしかったですね。チーズ作りを始めたときから、本場で認められる製品を作ろうと思っていました。
海外に行くとへんてこな日本食が出てくることがあるんですけど、日本人にはへんてこでも、現地の人は『これが日本の○○か!』って食べている。
それを見て、日本人として複雑な気持ちになりました
その経験があったから、チーズを作るなら絶対に、フランスの人に認めてもらえる、へんてこじゃないチーズを作ろうと決めていたんです
松原さんがコンテストに出るのは、自分の仕事のレベルを確認するためでした。また、山地酪農への関心を高めるためでもありました。
チーズの世界では放牧を高く評価します。消費者も、牛がどのような環境で育ったのかで製品を選ぶ傾向が出てきています。
その結果、新しく放牧に取り組む人が増えてきているんですよ
松原さんのチーズがきっかけとなり、山地酪農という取り組みを知り、牛や人、環境とのかかわりを考える人が出てきているのです。
後編では、松原さんが感じる「本当の豊かさ」についてお聞きします!
【今回訪れた場所】
🌐三良坂フロマージュ(広島県三次市三良坂町仁賀1617-1)
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