学校帰りに行けちゃう!?街と牛がなかよく暮らす『池田牧場』が、地域に親しまれる理由
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住宅が立ち並ぶ山口県防府市(ほうふし)の市街地。
この「街」で、約100頭 の牛を育てる池田牧場があります。
「そんな場所に牧場があって、においや鳴き声は大丈夫なの?」と疑問に思うかもしれません。
しかし、そこには街と牛が調和して暮らすための、細やかな思いやりとたゆまぬ工夫がありました。
今回は、池田牧場3代目の池田英雄(いけだ・ひでお)さんに、地域との共生のカタチ、そしてスマホでは体験できない五感を通じた体験など、池田牧場が地域のお気に入りスポットになるまでを伺いました。
31歳での就農。「ここでやるしかない」市街地での再出発
山口県防府市に位置する池田牧場。
その歴史は、1960年頃に英雄さんの祖父が2〜3頭の乳牛を手しぼりし始めたことからスタートしました。
1976年には搾乳(さくにゅう)頭数18頭の牛舎を新築。
当時、スーパーで働いていた英雄さんの父が1998年に専業となり、家族で牛を守り続けてきました。
英雄さんが就農したのは、2002年のことです。
それまでは地元の牛乳出荷組合の工場で11年間勤務していました。
「遅くまで働き、休みもない実家の酪農を見ていて、若い頃は継ぐ気が全くなかった」
と振り返ります。
しかし、道路の建設に伴う立ち退きという転機が訪れます。
このとき、新牛舎の建設費を立ち退きに伴う補償金でまかなうことができ、最新設備を「借金がない状態」でスタートできるという、恵まれた再出発となったのです。
こうして、住宅街に近い「市街地」の田んぼを埋め立て、牛が自由に動き回れる「フリーストール牛舎」を新築。
当時31歳だった英雄さんは、
「せっかく新しくしたのに父の代で終わらせるわけにはいかない。継ぐしかない 」
と腹をくくったのです。

においに、鳴き声に、道路の泥。「お互い様」で築く「街との調和」
市街地で酪農を続けるということは、常に近隣住民の暮らしと隣り合わせであることを意味します。
「最終的に、牛のにおいを完全に消すというのは不可能です。風向きや季節、天候によって、どうしてもにおいが出てしまう日があります」
においだけでなく、市街地ならではの苦労は絶えません。
堆肥(たいひ)を田んぼに運ぶ際、トラクターやダンプのタイヤについた泥が道路に落ちてしまいます。
一般の人から見れば、それはただの泥ではなく「牛のうんこ」に見えてしまうため、苦情につながりかねません。
そのため、自ら道路に落ちた泥をすべて手作業で拾って回ります。
コントロールできないのが「牛の鳴き声」です。
「発情期や、お産の直後は、どうしても重低音の響く声で牛が鳴きます。これは防ぎようがなく、遠くまで響いているはずです」
それでも、この街で酪農を続けられているのはなぜでしょうか。
それは、池田牧場が日頃から地域とコミュニケーションを取り続けることで、近隣住民との間に「お互い様」と許容し合える関係を少しずつ築いてきたからです。
「普段から近所のおじいちゃんがお孫さんを連れて散歩に来たり、若い夫婦が牛を見に来たりします 。それから、地域の人たち全員といっていいほど、小学生のころに授業の一環で牛舎を訪れてきます。そういう日常のコミュニケーションを大切にしています」
※感染症予防のため、一般的に牧場への無断立ち入りや見学が禁止されている牧場が多くあります。見学や体験を希望される場合は、この記事の池田牧場に限らず、必ず事前に牧場へお問い合わせいただき、その牧場のルールを守るようにしてください 。

「動画配信やSNSじゃ体験できん」
池田牧場は、ミルクをしぼるだけの場所ではありません。
英雄さんのお母さんが2014年に農家レストラン「ミルクキッチン燦・燦(さんさん)」をオープンしました。
現在※は土日だけソフトクリームなどをテイクアウト販売していますが 、地域の人々の憩(いこ)い の場として親しまれています。
※2026年8月時点
また、長年にわたり地元の幼稚園児や小・中学生の体験学習を受け入れてきました。
特に人気なのが、弟の満雄さんがドラム缶で作ってくれた特製ピザ窯(がま)を用いた「ピザ作り体験」です。
コロナ禍で地域のイベントがなくなり、子どもたちの思い出づくりの機会が失われた際、英雄さんは牧場を開放し、ピザ作り体験や乳しぼり体験を子どもたちにプレゼントしました。
「子どもたちは、ここで食べたピザやソフトクリームの味を大人になっても覚えているんです 。目で見たことよりも、味覚(舌)のほうが敏感で、記憶に残り続けると思うんです 」
と英雄さんはほほえみます。
さらに、街なかの立地だからこそ生まれる、日常の温かい光景もあります。
学校帰り、近所に住む小学生の女の子がランドセルを背負ったまま
「赤ちゃん生まれた?」
と、まるで友達の家に遊びに来るかのように立ち寄るのです。
女の子のお気に入りは、スコップで牛の口元へエサを寄せてあげる「エサ寄せ」のお手伝い。
「鼻をつまんで来る子もいるけれど、それでいいんです。そのままを体験してほしい。動画配信やSNSは他人が切り取った都合の良い情報にあふれてると思っています。鼻をつまむにおいも、耳をふさぐ鳴き声も、自分自身で ありのままを体験することが、いずれ大人になって生きてくるはずです」

「牛乳1本に、何人の手が関わっているか」中高生へ贈るメッセージ
電気料金の上昇や世界的な飼料高騰、若者の牛乳離れなど、酪農経営を取り巻く環境は決して平坦ではありません。
しかし、だからこそ英雄さんは、牧場を訪れる子どもたちに、牛乳の裏側にある「人の営み」を知ってほしいと願っています。

「PETボトルの水の方が高いこともあるような時代だけどね、体験に来た子たちには説明するんです。みんなが給食で何気なく飲んでいる牛乳1本に、どれだけ多くの大人の手が携わっているか。エサを作る人、牛を診る獣医さん、機械を直す人、牛乳を運ぶ人。ものすごい人数によって、その1本が届けられているんだよ、と」
夕暮れ時、防府の住宅街にポツポツと明かりが灯り始める中、牛舎からは牛たちの重低音の鳴き声が聞こえてきます。
それは、この街で人間と牛が、お互いを思いやりながら「暮らしている」、おだやかな風景なのです。
【取材協力】
「池田牧場」「ミルクキッチン燦・燦」 山口県防府市
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