人見知りだった私が現場リーダーに。牧場の娘が営業職から酪農家になるまで

大井牧場 三女 樹里さん

岐阜県羽島市にある80年以上続く歴史ある大井牧場

こちらで、現オーナーの三女である大井樹里さんが働いています。

小さな頃から牛と過ごす時間が多かったという樹里さんが、家業に入るまでの道のりを聞きました。

姉妹のなかで1人だけ牛が好きになる

3人姉妹の末っ子として大井家に誕生した樹里さん。

小さな頃から牛の搾乳(さくにゅう)※を手伝ったり、もみ殻で遊んだりしていたといいます。

※搾乳(さくにゅう):動物からミルクをしぼること

樹里さん姉2人はあまり牛に興味を示さず、私だけが牛舎で遊んでいました

3姉妹のなかでも樹里さんだけが牛を好きになり、中学生くらいの頃にはすでに酪農の道に進むことを考えていたそうです。

大井牧場のオーナー大井幸男さん(左)と娘の樹里さん(右)
大井牧場のオーナー大井幸男さん(左)と娘の樹里さん(右)

こうして、岐阜農林高校へ進学。

その後、畜産について学べることと、北海道で暮らせることに魅力を感じ、帯広畜産大学に進みます。

大学には300頭ほどの牛がいて、搾乳サークルが毎日乳しぼりするような環境でした。

家や高校で、すでにある程度の経験を積んでいた樹里さん。

しかし、大学ではじめて食肉処理を目の当たりにしました。

樹里さん先生が豚の食肉処理を行う様子を見学し、その後みんなでいただくという経験をしました

樹里さん今まで飼育はしたことがあっても、実際に食べ物になる過程を見たことはなかったので、とても印象的でした

樹里さん牛も専門の施設で食肉用に処理してもらい、牛の形をしたままお肉になった状態で戻ってきたのも経験しました

樹里さん自分たちが育てた牛も、こうして食の循環の一部になっているんだな……と実感しました

従業員の気持ちに寄り添える酪農家を目指して

「家業に入ることは決めていた」という樹里さんですが、卒業後は名古屋にある食品問屋の会社で働きました。

なぜ、すぐに家業に戻らなかったのか

そこには、父幸男さんの想いがあったそうです。

樹里さん父に『一度外で働いてきなさい』と言われました

樹里さん「自分で経営しかしたことがない酪農家は、従業員の気持ちがわからないことがある。だから、人に雇われる経験をした方がいい」と言われて

酪農家のなかには、「24時間365日働いて当たり前」という考えを持つ人もいるようです。

しかし、幸男さん自身も一度は会社勤めを経験しており、家業に戻ってからも最低週1回の休みは必ず確保しています。

酪農家の労働環境を改善したいという想いもあったのかもしれません。

牧場を案内してくれた樹里さん。エサをつくる機械の前で
牧場を案内してくれた樹里さん。エサをつくる機械の前で

食品関係の会社で約3年、営業担当として働いた樹里さん。

もともと人見知りな性格でしたが、働くなかで「人と話す能力が身についた」といいます。

食品の流通の仕組みを知ることもできて「人間関係もよく、楽しかった」と、実りある会社員生活を過ごしました。

家業に戻り、現場のリーダーに

2022年、大井牧場に欠員が出たことをきっかけに、樹里さんは家業に戻りました。

現在は樹里さんがリーダーとして、従業員2名、アルバイト2名に仕事の配分を行っています。

樹里さん現在は、父が不在のときも私が指示を出して現場を回しています

樹里さん同じ作業でも人それぞれかかる時間が違うので、考えて仕事を割り振っています

幸男さんは経営者として全体の運営を行い、樹里さんは現場の管理者として日々の業務のマネジメントを行っています。

親子での見事な連携プレーです。

樹里さん小さな喧嘩は毎日のようにしますけど、おおむね仲良くやってると思います

と樹里さんは笑います。

大井牧場の牛たち
大井牧場の牛たち

牧場に戻ってからうれしかった出来事を尋ねると、「自分たちの生産した生乳がチーズになったこと」だと教えてくれました。

2025年6月、同じく羽島市で誕生したチーズ工房「FC Cheese」

知人がオープンしたこちらのお店では、大井牧場の生乳を使用したチーズをつくっています。

通常、牛乳はいくつもの牧場から生乳を集めてつくりますが、こちらのチーズは100%大井牧場の生乳でつくられたものです。

牧場を案内しながら、愛おしそうに牛を撫でていた樹里さん。

きっと、これからも家族で協力しながら、大切に牛を育てていくことでしょう。

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協力ライター紹介:青沼 光(あおぬま あきら)さん