【百年酪農PLUS+】ちょま、酪農しんど!思ってたんと違う!【vol.5】

百年酪農PLUS+vol.5 ついに始まる農場実習の巻

前回までのあらすじ

農業とは無縁の住宅地で育った青沼少年。
中学2年生のとき、テレビで見た“らくのうか”の暮らしに心をつかまれ、酪農への興味を深めていきます。
やがて農業高校の畜産科を見つけ、「将来、畜産業界を担う“らくのうか”になりたい」と進学を決意。
親元を離れて寮生活を始め、ついに念願の農場実習を迎えます。
初めて間近に見る乳牛に緊張しながらも、期待に胸をふくらませ、ブラッシングに挑戦しようと憧れの酪農への第一歩を踏み出した青沼少年。

そこで待っていたものとは!

過去回(初回・前回のみ掲載)

Vol.1 🌐【百年酪農PLUS+】はじめまして!【vol.1】
Vol.4 🌐【百年酪農PLUS+】ついに始まる農場実習【vol.4】

【vol.5】ちょま、酪農しんど!思ってたんと違う!

私は、幼いころから生き物への関心が強く、幼稚園や小学生のころには身近な生き物を見つけては興味を持って飼っていました。バッタやコオロギ、カマキリやクワガタなどの昆虫から、トカゲやカメ、イヌまで、さまざまな生き物と触れ合っていました。

そんな私でも、動物園以外でこれほど大きい生き物を見たのは初めてでした。
しかも今、それが触れることのできる距離にいます。いや、なんなら触れてブラッシングをするのが、実習初日の最初のミッションになっています。

つながれている牛の横に並び、そっと左手で牛のお腹に触れてみます。
軍手越しにもぬくもりが伝わってきます。
牛ってあたたかい生き物なんだと感じました。

百年酪農PLUS+vol.5 初めてのブラッシング

次に右手のブラシを牛の体に当てて、毛の流れに沿うように、上から下へ動かしてみます。

もう、牛の顔を気にする余裕はありません。頭の中は真っ白で周囲の音も聞こえず、ただただブラシを動かしている私がいました。

「おい!ブラッシングになっとらん!」

先生の一言で、一気に引き戻されました。世界に色と音が戻ってきました。

「かわいい、かわいいって、撫でるのは違うけぇね!
 しっかりと毛をさかなでるように!体重をかけろー!
 もっと!手首のスナップもきかせてやるんよ!

 もっとじゃぁーーー!」

そうです。
目の前にいる牛は自分の10倍以上の体重を持つ生き物でした。
自分の体を乾布摩擦する程度の力では、どうやら足りないらしいのです。

ガシガシと音を立てて、全身を使って下から上へこすり、気が付いたらブラシを両手で持っていました。
すると、牛の体からアカやホコリが出てきます。

ちょ、でもシンドい!

まだブラッシングは始まったばかり。
これだけ力を込めてブラッシングしても、終わったのは牛の右のお腹だけです。牛の体はでかいです。
私のひたいから汗が噴き出してきました。

「よし!そろそろええぞー!ブラシを消毒して干してこーい!」

20分ブラッシングを続けた腕はガタガタしていました。上着も汗でびっしょりでした。疲労感もたっぷりです。
同級生一同、良い仕事をしましたーという雰囲気が出ていたかもしれません。

しかし、これはウォーミングアップに過ぎなかったのです。

「はい次!時間ないけぇ!
 みんな角スコ(かくスコ。四角いスコップのこと。)持てよー!
 一輪車に牛のふん入れて堆肥(たいひ)舎まで運べー!」

し、っしゃぁ!やったりますよ!!
と奮い立ち、床に落ちた「ふん」を集め始めました。

人生の中で扱うことのなかった角スコを使い、「ふんをすくう」という動作の正解がわからず、ただただ床のふんをスコップでこねてしまうばかりで、作業が進まないのです。
そしてやっとの思いでスコップに乗せたふんが重たいのです。
何より、角スコとふんの両方と格闘しているところに、牛たちは遠慮なく新しいふんや尿を落としてくるのです。

こうして一輪車に山積みになったふん尿を押して牛舎と堆肥舎を何往復も運んでいたら、終盤には腰が曲がって痛くなりました。

牛のお世話はこれで終わりません。

ブラッシングで体をきれいにして、ふん尿を片付けきれいな環境を作ったら、次は牛たちが食べるご飯の時間です。
牛が食べる牧草や配合飼料を置く場所を「飼槽(しそう)」と言います。
この飼槽にある食べ残しをきれいにほうきで取り去ります。
飼槽は牛たちにとってはお皿です。牛たちは、舌を使い飼槽のエサを口に運びます。
そのため、

「飼槽が汚れていては、新しいエサが置かれても、気持ちよく食べられない。自分自身が使うお皿だと思いながら、飼槽をきれいに掃除しなさい!」
と教えてもらいました。

じっと顔を上げて、邪魔をしないようにしてくれている牛もいれば、ほうきに顔を当てて邪魔をしてくる牛や、腕をなめたり服をくわえて引っ張ってくる牛もいます。
それでも、「牛たちにとってのお皿」をきれいにすることに集中している私がいました。
大きく重たい竹ぼうきも、これまでの人生で触れることはありませんでした。

それでも、なれない手つきで何とかきれいにし終わると、いよいよエサの時間です。

「よーし!いいぞ!それじゃぁ、そこに積んどる牧草のブロックを持ってこーい!」

先生の指示を受け、よく乾いた緑色の牧草の大きな塊に手を伸ばし、持ち上げようとしたとき、衝撃が走りました。

「お、お、、、?重い!!?」

私の人生において、乾いた草は軽い物でした。

「それ1個、25kgあるけぇ気を付けろよー!」
と、先生から遅れて情報が入ります。

に、ニジュウゴキロ!?

私の人生において25kgのモノを一人で持ち上げようとしたことがあっただろうか。
なにより、乾いた草が25kgにもなるって、どういうこと!?

こうして初めての農場実習は、人生で初めての連続で、ほんの数時間の間に腕と腰と足がパンパンになり、全身ホコリとふんと汗にまみれ、おろしたての作業着にはしっかり牛舎のにおいをまとって終えたのでした。

「ちょま、酪農しんど!!牛たちを野に放して眺める仕事じゃないじゃん!!!」 

百年酪農PLUS+vol.5 ちょま、酪農しんど!思ってたんとちがう!

中学2年生のころ、広い草原を走り回り、草を食べる牛たちの姿をテレビで見て、「らくのう」に憧れました。

私は、農業高校で酪農を学び始めたばかりでした。


今、この原稿を書いているときに、私の経営するclover farmでは高校生の実習生が住み込みで10日間の研修に来ています。

その動作を見ていると、「あぁ。自分もきっと、こんな感じだったんだろうなぁ」と、高校時代の私に想いをはせます。

誰にでもあったはずの「初めて」の記憶は不思議と薄れてしまいます。
忙しい日々の中で、誰かの「初めて」に立ち会うとき、ついつい急かしたり、時にはイラ立つこともありますが、そんな感情をグッと抑えて「私もそうやって育ててもらったんだ」と思い返し、誰かの初めてに関われる機会に立ち会っていることへの感謝と責任を感じ、襟を正しています。

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