【後編】憧れの存在と、10年越しの再会。【ウエシバユウタの酪農日誌 vol.2】
こんにちは!「milushiみるし」の高校生ライター、上芝雄大(ウエシバユウタ)です。
前回の記事では、僕が中学3年生の時に訪れた岩手県「なかほら牧場」での体験や、そこで働くスタッフの方々から受けた刺激についてお話ししました。
広大な山の中で牛たちがのびのびと過ごす姿は、今も僕の大切な記憶として、心のどこかにいつも残っています。
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後編では、僕がなぜ「なかほら牧場」にこれほど惹かれ続けてきたのか、そして創業者である中洞正さんとの再会についてお伝えしようと思います。
それは僕にとって、これまでの歩みを振り返り、未来へ向かうエネルギーをもらうような、不思議で温かい出来事でした。
自分のルーツに気づかせてくれた、小学2年生の記憶
実は、僕が中洞正さんの存在を初めて知ったのは、研修に行った時よりもずっと前、まだ小学2年生の時だったんです。
当時、京都大学で行われた中洞さんの講演会に参加したのが、最初の出会いでした。
正直に言うと、当時の僕は人の話を聞くのがそれほど得意ではありませんでした。
ましてや小学2年生ですから、難しいお話には退屈してしまってもおかしくないはず。
でも、その時の中洞さんのお話は、10年以上経った今でも鮮明に覚えているんです。
なぜ、子ども心にそこまで深く刻まれたのかな……と、今振り返ると、いくつかの理由があったように思います。
まず、大勢の大人が真剣に耳を傾けている空間に身を置いたことで、独特の緊張感や高揚感があったこと。
そして何より、中洞さんが語る「山地酪農(やまちらくのう)」のお話を聞きながら、僕は「あれ? これってウチの牧場と似ている気がする」と気づいたんです。
僕の実家も同じような飼育方式で牛を飼っています。
中洞さんが語る「自然の循環」や「牛を尊重する飼育方法」の素晴らしさについて語られているのを聞き、「自分の生まれ育った環境は、こんなに素敵なことだったんだ」と、改めて実家の牧場に誇りを持てるようになったのかもしれません。
中洞さんの、迷いがなく信念に満ちた言葉の力は、子どもでありながらも「この人はすごい」と思わせる迫力がありました。
この講演を聞いたことをきっかけに僕は中洞さんの著書を読み、そして、「いつか必ず現地に行ってみたい」という強い想いを抱くようになりました。
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10年越しのチャンス、そして再会へ
前編でお話しした通り、中学3年生での研修では、現場を引退されていた中洞さんご本人にお会いすることはできませんでした。
しかし、その2年後、チャンスは突然やってきたんです。
ある時、ふと目にしたチラシに僕は釘付けになりました。あるセミナーの登壇者リストに、中洞正さんの名前があったんです。
「これは、もう行くしかない」……そう思いました。すぐにセミナーに申し込み、当日を迎えました。
会場に向かう足取りはなんだか軽くて、胸はずっと高鳴っていたのを覚えています。
そして講演後の懇親会。ついに、10年越しに、中洞さんと言葉を交わすことができました。
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目の前に立つ中洞さんは、あの日、小学2年生の時に見た時と同じように、揺るぎない雰囲気を持っていらっしゃいました。
僕は少し緊張しながらも、10年前に講演会でお話を聞いたこと、2年前に牧場で研修を受けたこと、そして、今の自分の活動についてお伝えしました。
中洞さんは、面識のない僕の話を真っ直ぐに聞いてくれました。
今回この記事を書くにあたって、久々にご連絡差し上げた時にも、「頑張ってるな!」と温かい言葉をかけていただきました。
長年、自分の信じた道を貫いてきた方からの一言は、僕にとって何よりの励みになりました。
景色と言葉を胸に、未来へ
小学2年生で憧れを抱き、中学3年生でその現場を知り、高校生になってご本人と言葉を交わせたこと。
この一連の出来事は、僕が酪農という仕事と向き合う上で、とても大切な「道標(みちしるべ)」になってくれたと感じています。
「なかほら牧場」が見せてくれた景色、そして中洞正さんからかけていただいた言葉。
酪農には、地域や環境に合わせて本当に多様な形があるんだな、と改めて感じます。
僕もこれからの酪農界を盛り上げる一人として、自分なりの道を一歩ずつ歩んでいきたい。そんなふうに思っています!
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(おわり)
【編集部注】
酪農には、地域や環境によってさまざまなスタイルがあります。本記事は、筆者が体験した一例を通じてその多様性を紹介するものであり、特定の飼養方法を推奨する意図はありません。




