【百年酪農PLUS+】はじめまして!【vol.1】
「milushi みるし」をお楽しみの皆さん!はじめまして!
私は、富山県の高岡市という場所で株式会社clover farmという牧場の経営をしている、青沼 光(あおぬま あきら)といいます。

私は農業とは無縁の、広島の住宅地で育ちました。
今はこうして酪農家として生活をしていますが、「milushi みるし」では、私と酪農について、これまでの歩みとか、感じたこと、これから酪農が日本で長く続いていくために考えたことなんかを、自分の言葉でざっくばらんに書いていこうと思います。
よろしくお願いします。
第1回目の記事は、私が酪農と出会った時の話をしていきたいと思います。
牛乳大好き!青沼少年は自由奔放!
私は、両親共働きの核家族の家で育ちました。
広島市郊外にある、とても大きな新興住宅地で育ち、幼少期から「水分補給イコール牛乳」な少年で、給食の「牛乳じゃんけん(欠席している人の牛乳をかけたガチバトル)」は必ず参戦していました。

「ご飯はおなか一杯食べなさい!」という方針でお腹を満たしてくれていた母親でしたが、家の冷蔵庫に牛乳があればあるだけ飲み続け、1日の牛乳消費量が2リットルに及んだ結果、「牛乳はタダじゃないからね?!」と言わせてしまっていました。
生活面では、絵を描くことやゲームが好きなインドアの側面と、ソフトボールクラブに所属して将来の夢は野球選手!と卒業文集に書くようなアウトドアな側面とどちらも持っている、比較的活発なほうに分類されるような小学生だったと思います。
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中学校生活では、英語のアルファベットでつまずき、勉強が嫌になり、成績は学内でも底辺でした。
プロ野球選手を夢見ていたくせに、なぜか部活動は陸上部に所属し、それも気まぐれに参加する始末。
強引に作った時間と脳のリソースと共にカードゲームに人生(全財産)を捧げる、どうしようもない中学生だったと自負しております。
青沼少年、“らくのうか“と出会う
そんな私が酪農と出会ったのは中学2年生の進路面談の頃でした。
「(成績を見て)お前に行ける高校はない」と言われる中、休日も少なく忙しく働く両親を見て、会社勤めは嫌だなぁと、消極的に自分の将来を真剣に考えていたところに、なんとなくついていたテレビで“らくのうか”のドキュメンタリー番組が流れ始めました。
緑の草原を走る白黒の牛たち。

その牛たちを一家で世話して、私が日々大量に飲んでいる牛乳がしぼられる様子を、映像を通して初めて目の当たりにしました。
「家で牛飼ってたら生活できるって何それ最高じゃん!」
これが将来、会社で働きたくない青沼少年が、“らくのうか”という365日休みなく続く肉体労働に触れた、最初の出来事でした。
まとめ
第1話。
読んでくださってありがとうございました。
この回を読んでくださった学生さん。将来の夢はありますか?
社会人の皆さん。今も夢を持ち続けていますか?何がきっかけで夢と出会いましたか?
青沼少年が抱いた夢は、プロ野球選手だったり、“らくのうか”だったりしましたが、酪農家になった私が抱いている夢についても、後に記していきたいと思います。
さて、次回は農業高校進学編を書いていこうと思います。
ほいじゃ、またね!




