ヨーグルトマニア、モンゴルへゆく 〈恋しいスーテーツァイ編〉
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ご無沙汰しております、ヨーグルトマニアの向井智香(むかいちか)です。
念願のモンゴルに行ってきました!!
モンゴルは、北はロシア、南は中国に接する東アジアの内陸国。
紀元前から遊牧が行われており、乾燥ヨーグルトの「Ааруул(アーロール)」をはじめ、様々な乳製品が古くから人々の生活を支えています。
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酪農後発国の日本で生まれ育ったわたしにとっては、学ばせていただきたいことが山のようにある夢の大地。
18日間の滞在で得たものが多すぎて、何をどう記事化していけばよいか情報整理にも一苦労です。
まずは全体を振り返ってみて、最も恋しいと感じた乳飲料「Сүүтэйцай(スーテーツァイ)」について語ってみたいと思います。
手渡しのぬくもり、おうちの味
遊牧民の移動式住居「ゲル」にお呼ばれすると、必ず一番に出して頂けるのがスーテーツァイ。
塩の入った温かいミルクティです。
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牛のミルクで作るのが一般的ですが、わたしが滞在したХярганат (ヒャルガント:モンゴルの最西端あたり)というエリアではヤクの遊牧を行なっていらっしゃり、スーテーツァイに使われているのもヤクのミルク。

ウシ科の大型動物
これがおいしいのなんの。
茶葉、水、ミルク、塩というシンプルな構成ながらも、不思議とご家庭ごとに味が異なり、お呼ばれするたびにどんな味に出会えるかワクワクです。
日本だとお茶はテーブルに置かれますが、スーテーツァイは必ず手渡し。
どのゲルにお邪魔しても、目の前で注いで端から順に一人一人に配られます。
モンゴルでは左手だけでものを受け取ることが失礼に当たるらしく、スーテーツァイを受け取る際に望ましいのは両手。
片手で何かを受け取る場合は必ず右手を差し出し、左手は自分の右ひじにそっと添えることで相手を敬う気持ちを表現するのだと教わりました。
汎用性の高いお椀(わん)ゆえの楽しみ方
ミルクティに塩を入れるなんて、日本では考えたこともなかった組み合わせ。
初めは物珍しい味として楽しんでいても、気がつけばどハマりしています。
個人的な感覚では「紅茶」というより「お出汁」や「お味噌汁」に近い存在。
作る人によって多少の違いはあれど、ミルクの濃さはおそらくみなさんが想像しているよりも少し薄め。
その分、お塩がいい仕事をしています。
標高は2500mを超え、6月でも夜はストーブを焚くような寒い地域に滞在していたこともあり、ゲルにお邪魔して温かい塩味の飲み物が出てくると、心に沁(し)みてホッとするのです。
そして注目すべきは器。
季節ごとに移動しながら暮らす遊牧民は、ものを多く持ちません。
そのため、ティーカップのような用途の限られる形状の食器があることは少なく、汎用性の高いお椀(わん)が重宝されます。
絶景の朝ごはんも、テーブルの上はお椀ばかり。
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わたしがスーテーツァイを「お出汁」や「お味噌汁」に近い存在と感じたのは、お椀から頂いていた影響もあるかもしれませんね。
さらにこのスーテーツァイ、お好みで“具”が入ることがあります。
干して乾燥させた硬いヨーグルト「Ааруул(アーロール)」をドボン!
小麦の揚げ菓子「Боорцог(ボールツォグ)」をドボン!
みなさん、食卓に出てきた硬いものを自由に浸し、柔らかくして楽しんでいます。
わたしは今回の旅では出会いませんでしたが、炒めた穀物やお肉が入ることもあるそうな。
わたしの中のスーテーツァイのイメージが、ますます「お出汁」や「お味噌汁」に近づいていきます。
いつでもたっぷり飲み放題
スーテーツァイが興味深いのは、ゲルにお邪魔したらその瞬間に出てくるところ。
どうやら客人を招いてから作るものではなく、各家庭に常備されているもののようです。
それはやかんに入っていることもあれば、大きな魔法瓶に入っていることも。
遊牧民たちはこのスーテーツァイを毎日何杯も飲むといいます。
考えてみれば、水道も冷蔵庫もない世界。
汲(く)んできた水も搾(しぼ)った生乳もどのみち沸かすので、お茶を淹(い)れるのはその延長線上です。
ところで、ふと気になったことがあります。
スーテーツァイは浴びるほど頂いた一方で、ミルクをそのまま提供されることは一度もありませんでした。
日本の非農家で生まれ育ったわたしの感覚では、搾りたてのミルクが毎朝手に入るなんて夢のような世界。
ですが遊牧民の方々にとってそれは単なる日常。
わたしが搾りたてのミルクをとびきりのご馳走(ちそう)に感じるだなんて、思いもよらなかったのかもしれません。
今思えば、なんでそう説明してそのままのミルクを味見させてもらわなかったのだろうかと心底悔やまれます・・・!
日本では牛乳をそのまま飲むことが多い一方で、古くから牧畜を行っていたモンゴルなどの地域では、ミルクは様々な形に加工した状態で食卓に並ぶことのほうが一般的です。
その理由としては、冷蔵保存の手段がない時代に培われた保存技術がそのまま食文化として定着したことや、乳糖不耐症対策などが考えられます。
こんなにミルクを活用しているモンゴル人ですら乳糖不耐症の大人が多いと聞くので、あたためて薄めて飲むことになるスーテーツァイは、お腹に優しいミルクレシピとして愛されてきたことにも納得です。
首都ウランバートルに移動すると・・・
こうしてスーテーツァイのおもてなしを受けたのは、遊牧民のエリア地方に滞在していた時のこと。
その後、首都のウランバートルに移動すると、めっきり出会う機会は減りました。
遊牧民のエリア地方では、町の食堂に入ってもお冷やの代わりにスーテーツァイが出てくるほど身近な存在でしたが、ウランバートルの現代的なカフェやレストランではそうはいかず。
遊牧民でなくとも、モンゴルでは日常的にスーテーツァイが飲まれていると聞きますが、不思議なことにペットボトル飲料などの手軽な状態で販売されているものは見かけません。
モンゴル語のパッケージで自分が見つけられていないだけかも?
と思い、現地でお世話になったモンゴル人のガイドさんに聞いてみても、「ペットボトルに入ったスーテーツァイは見たことがない」とのこと。
かろうじて見つけられたのは、お湯を注いで作るインスタントの商品ぐらいでした。
恋しい。
スーテーツァイが恋しい・・・!
量産品に展開されづらい理由
モンゴルの国民的乳飲料、スーテーツァイ。
どうしてわたしはペットボトルや紙パックなどの手軽な形態で出会えなかったのでしょうか。
その理由は、視野を広げると見えてきました。
ウランバートルの量販店で見かける洗剤やトイレットペーパーなどの日用品の多くは、近隣国からの輸入品。
日本でお馴染(なじ)みの商品が、日本語のパッケージのまま売られていたりします。
日本の人口は約1億2,000万人、モンゴルの人口は約355万人。
市場規模の小さいモンゴルでは、大量生産で採算を取ることが難しく、日用品の国内製造には大きなハードルがあります。
そう考えると、スーテーツァイがペットボトル飲料ではなく、より輸送コストが低く保存期間の長いインスタント製品でしか出会えなかった理由にも頷(うなず)けるものがあります。
想いを馳(は)せる先にあるもの
そんなわけで、モンゴル滞在中にも関わらず恋しさに悶(もだ)えてしまったスーテーツァイ。
でも、ふと思いました。
それでいいのかもしれない、と。
わたしはスーテーツァイの何に惹(ひ)かれていたんだろう。
思い返してみれば、浮かんでくるのはゲルの風景——
生活感あふれるやかんや魔法瓶。
目の前で注いで手渡ししてくれた温もり。
ご家庭ごとに異なる味わい。
冷えた体に染み渡るお出汁のような安心感。
みんなとたわいもない会話をしながら飲んだあの時間。
わたしが恋焦がれたスーテーツァイには、いつも誰かのぬくもりがありました。
きっと気軽に手に取れる商品に出会った時には、このぬくもりを思い返すことはあっても、本質には辿(たど)り着けない空虚さも同時に味わうことになるでしょう。
量産品に展開されない背景には、経済合理性だけには収まらない大切な理由があるのだと、今になって思います。
それでもやっぱり恋しいスーテーツァイ。
茶葉と塩はモンゴルのものを買って帰ってきたので、日本の牛乳で自作してみるつもりです。
ゲルでお世話になった遊牧民の皆さんに想いを馳せて・・・
ごちそうさまでした。




