「継ぐのが当たり前」だった3代目の物語

京都府南部にあるクローバー牧場。

代々酪農を続けてきたこの牧場で、3代目の松本徹さんが大切にしているのが「牛のストレスフリー」という考え方です。

その背景には、家族が歩んできた歴史と、徹さん自身の経験があります。

そしていま、自社の乳製品を直接届けるためにキッチンカーを走らせ、新たな1歩を踏み出しています。

クローバー牧場が歩んできた過去と、これから描く未来について話を伺いました。

  1. いま、この牧場が続いているわけ
  2. 3代目として生きる
  3. 牛乳の価値を広げる挑戦
  4. 牧場から、外へ。未来への一歩
  5. 酪農を続ける理由
 

いま、この牧場が続いているわけ

「モー」という牛の鳴き声が、ほとんど聞こえない牧場。

これは、牛にストレスが少ない状態を示す1つのサインなのだそうです。

松本徹さんと妻・雅世さんは、夫婦二人三脚で、牛のストレスフリーな暮らしを大切にする酪農を守ってきました。

ここから、時間をぐっとさかのぼります。

徹さんの祖父は、戦前、農地改革を指導する公務員として満州に赴任し、妻と5人の子どもとともに暮らしていました。

しかし終戦を迎え、状況は一変します。

一家は栄養失調に苦しみながらも、命からがら全員で日本へ帰還しました。

帰国後、生まれ育った現在の京都府南部に戻ったものの、当時は食糧事情が非常に厳しい時代。

祖父は公務員の職を辞し、「食」に携わる仕事を選びます。

鶏、豚、牛──少しずつ飼育を始めたことが、クローバー牧場の原点でした。

 

3代目として生きる

徹さんは幼い頃から、祖父や父に「お前が牧場を継ぐんや」と繰り返し言われて育ったそうです。

その話を聞くたびに、雅世さんは「反抗したり、迷ったりしなかったのかな?」と不思議に思ったと言います。

けれど徹さんにとって、牧場を継ぐことはごく自然な選択でした。

静岡の農業高校を卒業後、国の助成でアメリカのネブラスカ州へ渡り、5年間の酪農留学へ。

北米中央部の厳しい寒さの中で、机上ではなく現場で酪農を学びました。

「当時のアメリカは技術的にも進んでいて、日本の10年先の景色を見た気がしました」

そう語る徹さんは、23歳で帰国。祖父と父が築いてきた牧場を引き継ぎ、3代目としての歩みを始めます。

そして少しずつ牛乳の加工や直売にも取り組むようになりました。

 

牛乳の価値を広げる挑戦

雅世さんは、もともと百貨店で化粧品販売の仕事をしていました。

結婚当初、徹さんからは「酪農はやらなくていい」と言われていたそうです。

ところが次第に、化粧品よりも牛に興味が移り、自然と牧場の仕事を手伝うように。

いまでは牛の世話をはじめ、牛乳の瓶詰め、ヨーグルトなどの加工、店頭販売まで担い、牧場に欠かせない存在となっています。

そんなある雨の日、客足の少ない牧場の店舗に、大阪でジェラート店を営む人物が「おいしい牛乳を求めて」訪れました。

そこから話はトントン拍子に進み、クローバー牧場の牛乳を使ったジェラートの開発が始まります。

当時、雅世さんは学校給食の牛乳が苦手な子どももいる、という話を耳にしていました。

「牛乳を嫌いになってほしくない。どうしたら喜んでもらえるかな」

それを考えていた矢先だったので、牛乳を“アイスとして届ける”という発想は、大きな喜びでした。

魅力を最大限に伝えたいと、配合率を限界まで高め、80%が牛乳のジェラートが誕生。

現在はチョコレート、ピスタチオ、マロン(季節限定)など、いくつかのフレーバーが牧場内の店舗に並びます。

 

牧場から、外へ。未来への一歩

今後の目標について尋ねると、雅世さんはこう話してくれました。

「いま、クローバー牧場でしぼった生乳の約8割は、JA(農業協同組合)などを通じてお客様に届けているんです」

牧場内で牛乳やヨーグルト、ジェラートとして製造販売しているのは、全体の2割ほど。

「この牛乳の味を、もっと自分たちの手で伝えたい」

そう考えたことが、2025年春のキッチンカー導入につながりました。

京都を中心に関西各地のイベントへ出向き、しぼりたての牛乳やヨーグルト、ジェラートの販売を始めました。

「同じ市内の保育園から声をかけてもらって、600人規模のキッズフェアで販売できたんです。どこまで行列が続くの?ってほどの人で驚きました。たくさん喜んでくれる人がいるんだと実感したんです。受け身だった私たちでしたが、これからはお客さんに届けるために自分たちから積極的に出ていこうと思っています」

夏はジェラート、冬は牛乳をたっぷり使ったクリームシチュー。

季節に合わせて、届け方も広がっていきます。

 

酪農を続ける理由

最後に、酪農をしていて幸せを感じる瞬間を尋ねました。

「初産の牛が、子牛を産んだ瞬間ですね。子牛が生まれた途端、牛が“母”になるんです。出産の立ち会いでは、私たちも一緒に子牛を引っ張ったり、転げ回ったり、石灰や血でぐちゃぐちゃになるんですけど……。そんな瞬間が、私は好きなんです」

三代にわたって受け継がれてきた想いと、これから広げていく挑戦。

クローバー牧場は今日も、牛とともに、次の一歩を踏み出しています。


取材協力

🌐農事組合法人クローバー牧場:京都府木津川市加茂町観音寺今辻38

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