初期装備ゼロからスタート!山口・船方農場の「酪農RPG」に学ぶ、カッコいい仕事のつくり方

ゲームの世界なら、最初にお金や強い武器がなくても、知恵を絞り、仲間を集め、強敵を倒しながら少しずつレベルを上げていく。

そんなワクワクする冒険を、もし現実の「仕事」でやってのけた人たちがいるとしたらどうだろう。

舞台は、山口県。

かつて「初期装備ゼロ」のレベル1だった若者5人が立ち上がり、数々の大ピンチを乗り越えて先進的農場をつくり上げた。

決められたルールに従うだけじゃない。

自分たちで新しいルールを切り拓いていく「クリエイティブでカッコいい農業」のヒントが、この物語には詰まっている。

パーティ結成!「週末に彼女とデートできる農業」を目指せ

「農業や酪農って、休みがなくて大変な仕事なのかな?」

もし君がそんなイメージを持っているなら、山口県山口市にある「船方農場(ふなかたのうじょう)」の物語を知ったら、きっとワクワクするはずだ。

中山間地域に広がるこの場所は、先進的農場へと成長している。

その始まりは1964年。
土地もお金も装備もない、若者5人が集まった冒険パーティだった。

都会へ就職していく同世代を横目に、実家の農業を継ぐ宿命を背負った長男や大工の息子たちが集まり、酒を酌(く)み交わしながら熱い夢を語り合うことから始まったのだ。

「日曜日にはちゃんと休みを取って、週末には彼女とデートできるカッコいい農業をつくろう!」

「どうせやるなら世界一を目指そう!」

彼らは実家の農業から完全に独立し、自分たちの力で会社経営に挑む覚悟を決める。
「最初の5年間は無給」と紙に書き、誓いを立てた創業者の坂本多旦(さかもと かずあき)と仲間4人による、前代未聞の酪農RPGがここに開幕したのだ。

右:2代目の坂本賢一さん。
左:3代目の坂本雄也さん。

最初のクエスト!「冬の稼ぎを見つけろ」

冒険のスタート地点となった山口県と島根県の県境近くにある阿東(あとう)地区は、冬になると厳しい寒さに包まれる。
当時は米づくりが中心だったため、冬場は収入が完全に途絶えてしまうという大きな弱点があった。

「お金も土地もない自分たちが、どうやって冬の壁を攻略するか?」

知恵を絞った彼らが取り組んだのは、冬の花「シクラメン」の栽培だった。
当時、贈答用の花として注目され始めていたシクラメンに着目し、冬に美しい赤やピンクの花を咲かせてお正月やクリスマスの市場へ出荷したところ、これが大ヒットを記録する。

米とシクラメンでしっかり稼ぎ、冬の収入源という資金基盤を手に入れた彼らは、その資金を1年を通じて毎日牛乳を搾(しぼ)れることで継続的な収入につながる「乳牛」へと投資した。
米・シクラメン・乳牛を組み合わせた「複合経営」という独自のスタイルを確立し、レベルを順調に上げていったのだ。

「何もないから無理」と諦めるのではなく、環境を観察してアイデアを出し、自分たちの手で最初の資金と信頼を創り出す。

これこそが、「クリエイティブな仕事」の原点だった。

※参考出典:船方農場Webサイト ジャーナル農場日記船方農場の歩みと未来 part1(2025.09.13)

ミッションをクリアせよ!「冷夏と長雨の襲来」

1975年、さらに高いレベルを目指す彼らは、現在の約38haの牧場へと拠点を移し、当時としては破格の500頭規模※1の酪農を目指して最新設備を導入していった。

※1:1976年 1戸当たり飼養平均頭数9.7頭(畜産統計調査 長期累年統計表一覧 都府県(昭和35年~令和7年)より)

しかし1980年、パーティを壊滅寸前に追い込む「冷夏と長雨」が襲来する。

長引く悪天候によって自分たちで栽培していたウシのご飯となる飼料作物が全滅し、なんと母牛90頭を失うという「創業以来最大」と振り返る経営危機に直面してしまったのだ。

絶体絶命の危機を救ったのは、地元の米農家たちだった。
納屋に保管されていた「稲ワラ」を船方農場へ提供してくれたことで、牛たちの命がつながれたのである。

この大ピンチを経て、彼らは、地域と助け合う農業の大切さに気づく。

牛のフンで作った「堆肥」を米農家の田んぼへ返し、田んぼで採れた「稲ワラ」を牛のごはんにして受け取る。
地域全体で米を中心として資源を回し合う、日本ならではの「耕畜連携(資源循環)」というコンボを生み出したのだった。

※参考出典:船方農場Webサイト ジャーナル農場日記船方農場の歩みと未来 part2(2025.09.17)

フィールド全面開放!「0円リゾート」というオープンワールドの誕生

農場が大きくなるにつれ、牧場内へ自由に遊びに来る車や家族連れが増え始めた。
しかし、当時は駐車場も整備されておらず、作業中のトラクターが通れなくなるなど、現場は大混乱に陥る。一時は「危険だから閉鎖しよう」という意見も出た。

その時、若い社員たちが立ち上がる。

「せっかく来てくれたファンを追い返すのではなく、あたたかく受け入れるべきだ!」

こうして1987年、交流専門の株式会社グリーンヒル・アトーを設立し、農場の森林を切り開いて屋外バーベキュー場を整備。
入場料は取らない「0円リゾート」として農場を開放した。
さらに直営の売店やバーベキューハウスを用意し、牛乳やお肉を購入して味わえる仕組みを整えたのである。

※参考出典:船方農場Webサイト ジャーナル農場日記船方農場の歩みと未来 part3(2025.09.22)

船方農場全体の様子(写真:船方農場Webサイトより転載)

仲間と共に成長せよ!「1口5万円で1億円」

「0円リゾート」に遊びに来たたくさんのファンから色々なリクエストが届くようになった。

「農場で飲んだような新鮮でおいしい牛乳を、お土産に持って帰りたい!」
「家に届けてほしい!」

しかし、当時は牛乳を加工して販売するための施設も、製造の許可も取得していなかった。「加工場がないから無理なんです」と説明する農場スタッフに対し、ファンは驚くべき提案をする。

「それなら、私たちが資金に協力するから加工場をつくろう!」

1990年、船方農場は前代未聞の共同プロジェクトを発足させる。

一般の消費者から1口5万円(最大10口)の出資を募ったところ、なんと総額1億円もの資金が集まったのだ。
出資してくれた約600人の消費者が自ら株主となり、生産者と一緒に加工・販売会社「株式会社みるくたうん」を設立した。

一般的な「6次産業化」は、生産したものを加工し、販売する形がイメージされやすいが、船方農場の歩みは少し違った。
彼らは「つくる(1次)➔ 0円リゾートで交流する(3次)➔ ファンになってくれた人たちの声で加工する(2次)」という「1×3×2の法則」を編み出したのである。

商品を製造する前に「ファン(購入者)」を先に獲得したことが、6次産業化を成功させた要因の1つとなった。
こうして生まれた牛乳や米は、最盛期には山口県内約8,000戸の家庭へ届けられる定期宅配網へと発展していった。

船方農場で作られる牛乳やヨーグルト。
※価格は2026年8月のものです。

※参考出典:船方農場Webサイト ジャーナル農場日記船方農場の歩みと未来 part3(2025.09.22)

牛のしあわせを守れ!「里山放牧」と「GOOD MILK」

船方農場が大切にしていることがある。
それが「GOOD MILK, GOOD MIND.(よい牛乳は、よい心から)」だ。

乳量や効率だけを追い求めるのではなく、「牛がのびのびと健康に長く生きてほしい」という牛ファーストの経営判断を行っている。
そのために取り入れたのが、広大な牧草地をいくつもの区画に細かく分け、牛たちを順番に移動させていく「里山放牧」だ。

放牧地を休ませることで土と草の健康を守り、牛たちは太陽の光を浴びながら青々とした草を食べ、仲間と元気に駆け回る。
放牧で育てた牛の生乳を使った牛乳は、季節による味わいの違いも特徴だ。

船方農場の里山放牧(写真:船方農場Webサイトより転載)

新たな挑戦!「Fのフラッグ」で挑むブランディング

創業から50年以上の月日が流れた2018年、船方農場の冒険は新しい世代へと継承され、次なるクエスト「100年続く農場づくり」がスタートした。

これまで会社ごとにバラバラだったデザインを統合し、自分たちの想いや歴史を再確認するプロジェクトを発足。
「農業界に再び新しい風を吹かせるための旗を掲げよう」という誓いを込め、アルファベットの「F」をモチーフにした新しいロゴマーク「Fのフラッグ(旗印)」が誕生した。

さらに、JR新山口駅の改修に伴い、駅構内に「船方農場CAFE」をオープン。
自社の生乳を使った「生ミルクソフト」やチーズケーキ、プリンなどのスイーツ開発に挑戦し、若い世代へ向けて新しい食の体験を届け始めた。

伝統を守るだけでなく、時代に合わせてデザインや表現方法をアップデートしていく。

これもまた、100年先まで生き残るための挑戦のひとつなのだ。

船方農場の新しく作られたロゴ
JR新山口駅構内にある「船方農場CAFE」(写真:船方農場Webサイトより転載)

君だけの「冒険の書」を開こう

「農業や酪農」と聞くと、毎日牛の世話や畑仕事をする作業そのものを思い浮かべるかもしれない。

もちろん生き物と向き合う現場の仕事も大事であるが、船方農場が教えてくれるのは、「農業には、新しい価値を生み出すクリエイティブな一面がある」ということだ。

冬の寒さを逆手に取ってシクラメンを咲かせた発想力。
絶体絶命のピンチから地域の農家と助け合う循環を生み出した柔軟さ。
「誰もが入れる0円リゾート」をつくり、ファンを株主に巻き込んで1億円を集めたプロデュース力。
そして、都会の駅におしゃれなカフェを出して若い世代にも農場を知ってもらうためのブランディング。

彼らは「農業でも週末に彼女とデートしたい!」「世界一の農場をつくりたい!」という想いから、自分たちの手で新しい仕事をつくり出してきた。

いま、「何者でもない」と感じていたとしても、何も心配はいらない。

船方農場の創業者たちだって、最初はレベル1のパーティだった。
大切なのは、目の前の常識を疑ってみること。
仲間と一緒にワクワクするアイデアを出し合うこと。

君の未来には、無限のフィールドが広がっている。

さあ、君ならどんな仲間とパーティを組み、どんなクエストに挑戦してみたいだろうか?


【取材協力】
有限会社船方総合農場 山口県山口市阿東徳佐下 11450-39 🌐https://funakata.co.jp/

あなたの感想がライターに届きます!(1つ選択)

0
おもしろかった
0
勉強になった
0
もっと知りたい
0
行ってみたい
0
飲みたい・食べたい

※選択してもその場で数字は変わりません。送っていただいた感想は翌日以降集計し次回更新時に反映しています。

こちらの記事もいかがですか

前の記事へ

みんなの1票で記事テーマ決定!「ミルクフェスin豊洲2026」出店レポート